第6話


 次の朝、シャワーの水音で目が覚めた。

 ふんふん、と鼻歌をうたいながら全裸で洗面所から出てきたアカリは、あまりの不躾な態度に呆然と立ち尽くす私に「拭くものください」と手を差し出した。

 肌色が視界を埋め尽くしている。服を着ていたときには気づかないスタイルの良さだった。細身なのに、ものすごく胸が大きい。


「何でそんな偉そうなの。っていうか、早く前隠して」

「すみません。あ、昨日はどーも、ありがとうございました」


 アカリはぺこりと頭を軽く下げた。その拍子に、アカリの濡れた金髪からしずくがぽたぽたと垂れる。タオルを投げてやると、彼女は気持ちよさそうに顔をうずめた。


「にしても、この部屋、全然生活感ないですね。さっき、冷蔵庫覗かせてもらったけど、水と味噌くらいしか入ってなかったじゃないですか。クミさん、ちゃんと飯食ってます?ダメっすよ、ミュージシャンは身体が資本なのに」

「勝手に覗くな。オカンみたいなこというなよ」

「あ、じゃああたし作りますよ、昼メシ」

「いーよ別に。お前が作るメシ、まずそーだし。」

「しつれーな。こー見えて、一人暮らし歴は長いんすよ、あたし」


 ショートパンツとタンクトップ姿のアカリは髪も乾かさずに、冷凍していたご飯をレンジにかけた。私はベッドに寝そべったまま、フライパンで豚肉とキムチを炒めはじめるアカリを見つめた。

 狭いワンルームに、ごま油の香ばしい匂いが広がる。

 自分の部屋に誰かがいる光景は不自然で、でも不思議と嫌な気持ちはしなかった。アカリのつくったキムチチャーハンは安っぽいジャンクフードの味がして美味しかった。無言でそれを平らげると、アカリは部屋に置いてあったギターケースに目を留めた。


「あれ、クミさんがバンドやってたときのギターっすよね。ちょっと、借りてもいいですか」


 頷いた私を見て、アカリはエドワーズのレスポールのギターを取り出して、ぽろろん、と弦に触れた。先輩が新歓で弾いていたものによく似ているそれは京都の楽器屋で見つけて、三ヶ月のバイト代を貯めてようやく買うことができた宝物だった。

 小さなアンプにシールドを挿すと、アカリはギターをかき鳴らした。驚いたのは、彼女の技術がとりわけ優れていたことだった。ノイズのない的確な音を細い指で奏でながら、アカリは口ずさんだ。聞いたことのない曲だったが、すぐに彼女のつくった曲だとわかったのは、それがあまりにも彼女らしいストレートな愛のメロディだったからだ。


 日の光が差し込む陽だまりの中で、アカリは歌った。

 少ししゃがれたハスキーボイスが、エレキギターの音と混じり合って溶けていく。綺麗だと思った。彼女の素直な声も、澄んだギターの音も、日に透ける明るい金髪も、全部。彼女を取り巻く全ての事象が美しかった。アカリとバンドをやってみたいと思ったのは、そのときだったかもしれない。


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