第5話


「クミさんて、大学出てるんですか。いいっすね、音楽ダメでも、何とかやっていけるじゃないですか。あたし大学行ってないから、この先不安でー。もし芽が出なかったら将来、どーしよー、って感じなんですよ」


 本気で不安そうな顔をしてみせるアカリの言葉を聞きながら、無言でジンジャーエールのグラスを傾けた。新卒で就職する機会を逃せば大卒の価値が一気に薄れていくからそれほど楽ではないのだと言おうとして、やめた。

 アカリは都内の音楽の専門学校を卒業して、すぐにフリーターになったという。それ以外の選択肢を考えられる頭がなかったんですと笑う彼女の邪気のない笑顔が少し痛々しくて思えて、目を伏せる。


「へー。クミさんも、本当はバンドやりたい人だったんすね。あたしもそうなんですよ。けど、専門の子とは徐々に疎遠になってるし、就職しちゃった子となあなあで音楽やるのって、性に合わねーし。」

「うん。メンバー見つけるのが難しいって話でしょ」

「そうなんすよー」


 真っ赤な顔をしたアカリはごちゃついた机に乱暴に肘をついた。その拍子に、醤油の入った醤油皿が倒れる。茶色いシミが白のショートパンツに広がっていることに全く気づかないアカリに、さりげなく水を渡してやると、「そんなんいらねーっすよぉ」と呂律の回らない声でうるさそうに振り払われた。


「クミさん。良かったら、あたしとバンドやりますか」


 ジョーダン、と返そうとすると、まっすぐなアカリの瞳に見返された。強い力で肩を掴まれて、前後に激しく揺さぶられる。


「どうですか。あたし、結構、おすすめっすよ。作詞作曲、ベース、ドラム、キーボード、できますよ。それに、めんどくさくないし、空気読めるし、人間関係も問題ないっす」


 アカリはまくしたてるように言葉を続けた。迫力に圧倒されて「分かったから」と繰り返すも、全く聞く耳を持ってくれない。アカリは数分、自分の長所を並べ立てたと思うと、白目を向いてそのまま後ろ向きに倒れた。

 ああ。最悪だ。私はこういう酔っ払いは大嫌いなのに。


「あーおーげーばーとうーとしー」


 背中にずっしりとかかる重みの主は、大声で卒業のメロディを歌っている。道行く人々から、すれ違いざまに同情の混じった視線が送られた。

 本来なら酔っ払いの介抱なんてクソ面倒なことは絶対に引き受けないのだけれど、よく知らない男に若い女の子を送らせる訳にもいかない。迷った挙句仕方なく、おぶって自分の家まで連れていくことにした。

 背中のアカリは壊れたブリキのおもちゃのように笑いながら、私の髪の毛をぐちゃぐちゃにしている。このクソ女。心の中で毒づきながら、月明かりに照らされてぼんやりと光るコンクリートの帰路をひたすら歩く。


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