第4話


 アカリと再会したのは、二週間後の土曜日だった。


 持ち時間20分のライブが終わり、音楽話に乗じている面々を横目に見ながら早々と退散しようとしていると、再び行く手を遮られた。今日の彼女の服装は一層露出度が高い。まだ1月だというのに真っ赤なタンクトップにショートパンツ姿だ。

 「今度こそ、付き合ってくださいね」、そう言って手を腰のあたりに当てて得意げに私を見返すアカリに根負けして、苦笑しながら頷いてしまう。


 安くて量が多いだけが売りのチェーン系列の居酒屋の中は、都内の大学生たちでいっぱいだった。乾杯の音頭をとったと思えば、思い切り酒を煽り始めた中心の男子学生の顔はすでに青くなっている。彼も彼女も皆、自分たちが世界の中心にいると信じて疑わない顔つきだった。つい最近まで私も彼らの輪の中にいたのだと思うと、何だか不思議な感じがした。

 それは客も参加することができる打ち上げを兼ねた飲み会で、初対面の面子ばかりが20人ほどぎこちなく顔を付き合わせている。私の右隣は酒に酔ったふりをしたアカリが陣取っていて、ビールやら梅酒やらカシスウーロンやら、色々なアルコール勝手に注文しては始終下戸の私に飲ませようとした。つまり、アカリは性質の悪いザルだった。


「アレ見てくださいよ、アレ。」


 アカリは右手に私に注文したレッドアイのグラスを持ち、左手で長机の中心で男たちに囲まれている髪の長い女を指差した。アカリは顔をしかめて、赤い液体を一気に飲み下す。

 ああ、と私は嘆息した。今日のオープニングアクトを務めていたシンガーソングライターの女だ。演奏はお世辞にもうまいとは言えず、とてもミュージシャンとは呼びたくない代物だったことを思い出す。


「あんず、最近、良く見かけるんですよね。クミさんはどう思います?」

「別に。いいんじゃないの、出演するのは自由だし」

「あーん、つれない。いっしょに悪口言いましょうよ。クミさんも多少はムカつくでしょ。自分のつくった音楽で勝負してない奴って。まあ、いくらでもいるっすけどね、あたしたちが生きてるこの界隈には」


 輪の中心でひときわ甲高い声を上げているあんずを一瞥して、アカリはさらに深いため息をついた。猫の交尾中のような声は、目尻を下げている男たちをさらに喜ばせたようだ。この場所に来ている男の数が多い理由をそのとき察する。

 時間が経ってしなびたポテトを機械的に口に運ぶ。もしゃもしゃと咀嚼すると、強すぎる塩味が口内に広がった。


「ところで」


 唐揚げをマヨネーズで覆い隠すようにして唐辛子のスパイスをふんだんに振りかけたおよそ食べ物に見えないそれが、アカリの真っ赤なルージュで塗りたくられた唇の中に消えていく。


「何」

「そろそろ、真剣な話でもしましょうよ。飲み会の十八番でしょう。こうやって群れから距離を置いているふたりが、こっそり抱いていた誰にも言えない自分の秘密を打ち明け合ったりするのって」


 アカリは悪戯っぽい笑みを浮かべて、片目をつぶった。それは先輩が良くする仕草のひとつだった。突然襲ってきた懐かしい痛みに不意を突かれる。


 ほとんど摂取していないアルコールのせいにして、封じ込めたはずのこの気持ちを目の前のおしゃべりな女の子に吐き出してしまえたらどんなに楽だろう。ずいぶん前から私の心に巣食って増殖をつづけている。赤青黄入り乱れた、名前を付けることが難しいその感情の話を。

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