第2話


 こたつ机と本棚が置いてあるだけの無機質な部屋に、蛍光灯の明かりを灯す。ツイッターの青い鳥を開き、フォローを外したアカウントの名前を打ち込む。

 わざわざブロックまでして連絡を断とうとしたくせに、私はまだあの人に執着しつづけている。あの一件から、もう随分時間が経ったのに。

 これはもう、おまじないのようなものだった。何も変わってないことを確認して、ひとり安堵するためのくだらない習慣。もう何ヶ月も更新されていないタイムラインを見つめる。


 先輩の話をする。


 わがままだけど、人に気を遣ってすぐに疲れる。さみしがりなくせして、人に弱みを見せられない。誰かとつながりたいと願うのに、誰より孤独を愛している。

 天邪鬼なあのひとは、二律背反する気持ちを、いつも壊れやすい胸の中に秘めていた。


 軽音楽部の新歓ライブで、私は先輩に出会った。

 入学式で隣に座っていたことから仲良くなったふみに誘われて、私たち2人は中央校舎の地下にある音楽ホールに向かった。閉められた扉からはエフェクターで歪ませたギターの音がかすかに聞こえていた。


 ほこりっぽい室内を、赤・青・黄に代わる代わる点滅する安っぽい照明が照らしている。まだ高校生の幼さの残る新入生らしき学生たちは、棒立ちのまま5人の演奏を眺めていた。

 そして先輩は、ビール箱を重ねただけの簡易なステージの上で黒いレスポールギターをかき鳴らしていた。逆光を受ける少年のようにシルエット。

 子猫みたいに細くて華奢な体が、ドラムの刻むリズムに合わせて激しく踊る。


 後ろを刈り上げた明るい金髪のショートカット。ダメージTシャツの下には黒スキニーとマーチンブーツ。就職率の高さだけが取り柄の「温室」を具現化したようなこの女子大に、こんなタイプの学生が存在するなんて。私は少しだけ驚きながら、先輩のギターに耳を傾けた。

 私の隣で演奏を聞いていたふみは、他のメンバーに見向きもせず、身体をつかってリズムをとる先輩の姿を食い入るように見つめていた。照明が落ちて、ステージから誰もいなくなっても、そのまま両手を胸のあたりで組んでぼうっとしていた。

 しばらくしてやっと、「ねえクミ、あの人かっこいいよね」と震える声で口にした彼女の頬は、真っ赤なトマトのように染まっていた。明るくて冗談好きで、いつもグループの話の舵を取っているふみのそんな顔を、初めて見たような気がした。


「そーだね。初心者だったらベースがオススメかな。4弦だしおぼえやすいよ」


 ライブ後の懇親会では、軽音楽部の先輩たちが楽器の講習をしてくれた。どのブースに並ぼうか決めかねていると、ポニーテールの先輩に声をかけられた。彼女に誘われるままに、アンプの前に設置してあるギターを肩にかける。

 予想していたよりもずっと重い。手渡されたピックで、弦に触れてみる。一本、二本。お腹のあたりに響くような、ずっしりと重みのある音が広がる。


「いいじゃん、似合うよ。それ、私のギターなんだけど、ちょっと妬けるくらい」


 先輩は私の前までスキップするように歩いてくると、口の端を歪めていたずらっぽく微笑んだ。それは人の心をたやすくつかむことができる人がする微笑みだと思った。


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