スポットライトをあびながら
ふわり
第1話
スポットライトを浴びながら、湿ったスモークの匂いにつつまれた。
緊張しやすい私は、アンプの前に立つといつも軽くひざが震える。
ここは私ひとりだけの孤独な世界。誰にも邪魔されないとっておきの遊び場。
舞台の上から見るライブハウスの景色が何よりも好きだった。
3個連結させた小型のエフェクターを踏んで、音色を歪ませる。ぎゅっと指に挟んだピックで、中古で買ったアコースティックギターをかき鳴らしながら、冷たく光る銀色のマイクに唇をつけた。
さみしい客席に立っている人は、片手で数えられる程度だった。
それでも私は、甘ったるくて胸が掻き毟られるような感傷を唄う。
あなたたちに伝えたいことは何なのか、まだ良く分からないけれど。
「あの。クミさん、初めまして。私、アカリっていいます。」
打ち上げを断って出ようとすると、ショートカットの女性に行く手を遮られた。
白っぽく褪せた私のコンバースのスニーカーのつま先から上へと目線を戻す。グレーのような金髪。ステージの上からも彼女の髪がきらきらと光る様子が見えていた。
アカリは小首を傾げてにっこりと笑った。
「今日の演奏、ちょっと、うるっときちゃいました」
「それはどうも、ありがとうございます」
「あたしも歌、やってるんです、結構本気で。もし良かったら、聞いてみてください」
アカリに渡されたのは手作り感の溢れるCDだった。ジャケットには淡い水彩風のタッチで、少女の絵が描かれている。じっと見つめていると、「知り合いのイラストレーターさんが、特別に描いてくれたんです。ちなみにそれ、あたしです」とアカリは恥ずかしそうに、だが得意げに言った。
どうも、と軽く頭を下げて、背中のギターケースを背負い直す。去り際、「あたしここの常連なんで、また会ったときはお願いします!」と明るい声に見送られた。
鼻の中がむずがゆく、マスクをしているのにも関わらず繰り返しくしゃみが出る。毎年のようにやってきては、私を苦しませる花粉の気配だった。ずっと着ていた毛玉だらけのウールのコートは、もう必要ないかもしれない。
去年までは、駅からの家までの複雑な帰路を、スマートフォンの地図を見ながらでないと不安で歩くことができなかった。東京に来て、1年目の冬だった。
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