第14話 5月13日 「かしこ」

五月十三日

 最後の日記です。半年ぶりかしら。久しぶりに書くから、何だか照れくさいわね。

 ええとお母さんは、あなたのもとから去ることに決めました。ここ数か月、悩んでだした答えです。もっと悲痛な気持ちでこの文章を書くと思ったんだけど、決断したことで不思議なくらいに心が澄んでいるわ。なんだか晴れ晴れとした気持ちよ。やっぱりお母さんもおかしくなったのかな。よくわからないわ。

 正直、あなたを残していく心苦しさはあります。でも、お母さんに殴りかかる歪んだあなたの顔を見ないで済む安堵の気持ちもあります。お父さんのように、あなたから逃げることへのすまなさもあります。こんなこと言うなんて、母親失格かしら。

 でもね、これが嘘偽りない想いなの。お母さん馬鹿だから、私が居なくなることぐらいでしか、真が立ち直ってくれる術を思いつかないのです。


 居なくなった後のことは、私の部屋の戸棚の書類を見てください。土地と家はあなたの名義に変更しています。貯金も少しだけどあるから、あなたが自分を取り戻すための足しにしてください。出来る限りのことはしたつもりです。そうそう、一つだけあなたの物を頂戴しました。就職祝いにプレゼントしたベルト、覚えているかしら。太った真のお腹には窮屈だったのか、ベルトの穴が醜く歪んでいます。ふふっ。ひどく滑稽ね。とにもかくにも、あなたの思い出を持っていけるのなら何よりです。


 あとこれは迷ったのですが、最後なので伝えておきますね。お父さんの居場所です。真が上京して暫くした後、警察からお父さんが見つかったと連絡があったのです。借金は、女に貢いでたみたいです。余計な心配をかけたくないから、黙っていました。住所と電話番号は別紙を見てください。今回のことは連絡してもしなくても良いです。真の好きにしてください。最後だというのに、なんだか事務的なことばかりね。私らしいと言えば私らしいのかな、ということにしておきます。


 これでほんとに最後。ねえ真、大丈夫だとは思うけれど、死ぬなんて道は選んじゃ駄目。許さないわよ、絶対にね。今さら良い格好しても仕方ないから言うけれど、お母さんがいなくなるのは、あなたが引きこもったことが原因です。殴られたこともね。間違いないです。ただあなたの闇は、辿ればお父さんが引き連れてきたもので、その闇に寄り添えなかったお母さんも同罪です。引っ叩いてでも、真を病院に連れていくことだって本当は出来たのだから。だから今回のことも、気にしすぎないほどに気にしてください。って可笑しな言い方ね。つまりあなたが死ぬほどのことじゃないけれど、今回の件を受けとめて立ち直って欲しいってことです。

ごきげんよう、かしこ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かしこ 北に住む亀 @kitanisumukame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ