第2章 巻き起こる騒動
(1)出陣
ソフィアが密かにステイド子爵家に戻ってから二日後。ルーバンス公爵邸での見合い当日は、ステイド子爵家の姉弟にとっては腹立たしい位の晴天に恵まれた。
昼食を取りながらの顔合わせとなった為、昼前に玄関ホールに降りてきたイーダリスとソフィアは、執事に開けて貰った玄関の扉を抜けて、外へと出ながら楽しげに会話する。
「今回、本当に助かっちゃったわ。ドレスだけじゃなくて、それに合わせた華美過ぎず質素過ぎないアクセサリーまで見繕って貸して貰えるなんて。王宮に戻ったら、リリスにちゃんとお礼をしないと」
しみじみと語る姉の装いを見ながら、イーダリスも同意して頷く。
「本当にそうだね。俺は男だからどうとでもなるけど、下手な格好をして行ったらどんな噂を流される事になるか分からないし」
「既に色々噂の的になってる連中が、何を言っても気にする必要は無いと思うけど」
「それとこれとは別だから。じゃあそろそろ行こうか」
「ええ」
そして弟に促されて、目の前に停められている馬車に乗り込もうとしたソフィアは、その扉に付けられていた紋章を見て、驚いた様に目を見開いた。
「うわ……、我が家の馬車に乗るのなんて久しぶり。というか、まだ家にあったわけ? とっくに売り払ったかと思ってたわ。点検とか手入れとかの維持費だって、馬鹿にならないんじゃない?」
不思議そうに尋ねたソフィアに、イーダリスが苦笑しながら答える。
「そうは言っても、王宮に正式に伺候する時とか、王宮主催の式典とかに参加する時に歩いて行けないだろう? なんとかやりくりしてるよ」
「それもそうね」
その返答に、ソフィアは納得して頷いた。そのやり取りをさり気なく二人の後に付いてきていたサイラスが耳にして、深々と溜め息を吐く。
(なんかもう、本当に涙ぐましい倹約生活だよな)
この二日だけで、ステイド子爵邸の使用人は正確にはかなり昔から常駐している老侍女と老執事二人だけで、あとはファルス公爵家差し回しの使用人が、ジーレス達公爵家所属の人間の世話をしている状態である事が分かり、自分の食事もジーレスが公爵家の運営費から補填している事実を掴んでいたサイラスは、思わず落涙しそうになった。しかし見送りに出ていたジーレス達の言葉を聞いて我に返り、そろそろと移動を開始する。
「それでは気を付けて。変な言質を取られない様に、くれぐれも頑張りなさい」
半ば面白がっている様に見えるジーレスに続いて、オイゲンとファルドも冷やかし混じりに声をかける。
「幾らムカついたからって、いきなり公爵令息を殴り倒してくるなよ?」
「変な物を使うのも、禁止だから。分かっているよな?」
「もう……、幾らなんでも、場は弁えているつもりですよ。じゃあ行って来ます」
「ご心配おかけして申し訳ありません。戻ったら報告しますので」
窓から姉弟が苦笑いで頭を下げつつ挨拶すると、彼女達を乗せた馬車は静かに走り出した。そして正面玄関で三人が見送っていると、その視線の先で馬車に駆け寄った猫が、その後部の荷物を乗せる台に飛び乗り、更に屋根に飛び上がったのが見えた。
どうやらその猫は無事屋根の上に収まったらしく、馬車はそのまま門を向けて街路に出て行ったが、それを見たオイゲンとファルドが不思議そうに首を傾げる。
「おい、今、サイラスが馬車に乗って行った様に見えたが」
「止めなくて良いのか? 変な所で降りたら、迷子になって戻って来れないかもしれないぞ?」
人一倍気配に敏いジーレスが黙って馬車を見送っていた為、二人は怪訝そうに尋ねたのだが、当のジーレスは軽く笑っただけだった。
「大丈夫だ。サイラスはイーダ殿とソフィアに懐いているから、二人が出かけるのを見て一緒に出掛けたくなったんだろう。心配せずとも迷子などにならずに、一緒に帰って来るさ」
その物言いに、若干釈然としない物を感じたものの、二人はそれ以上の追及はしなかった。
「ふぅん? まあ、お前が言うならそうだろうな」
「じゃあ、二人の土産話を楽しみに、今のうちに自分の仕事を片付けておくか」
そうして三人は連れ立って、屋敷内に戻って行った。
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