来訪者②
「な、なんだ? この人だかりは?」
「おい、どうした? なんの騒ぎだ!」
村の防衛団員が、広場にできた人だかりを見つけ慌ててやってくる。
人だかりの中心には呆気に取られたような顔をした見慣れぬ男と、長い金髪の綺麗な女性が対峙している。
「なんだ、この村人は……」
「あなた達ちょうどよかったわ。この不審な男を摘まみ出して頂戴」
集まった村人に驚く来訪者をよそに、金髪の綺麗な女性は近づいてきた二人の団員に言葉をかける。
「あ、団長の奥さん」
「この男は?」
「さぁ、少なくとも一人は村人を傷つけているわ」
「「なに!?」」
クラリスの返答に驚くも、すぐに臨戦態勢を取る団員二人。
この村の防衛団の団員達は、田舎の村の防衛団としては優秀だった。
各々が日々の鍛練を怠わぬ剣士ばかりで、団長であるディンゴの元一人一人が村の住人達を守るために真摯に取り組んでいた。それは門番をしていた団員を見ても汲み取れる。
「うぐぐ……」
「くそっ」
だが、真摯に日々の鍛練に取り組んでいたとしても、どうしても実力が伴わないこともある。
「ふん、お前達も私が求める強者ではなかったな」
地面に蹲る団員二人を見て来訪者が落胆したように言う。
それぞれ正当なる剣の決闘を行い、この来訪者に返り討ちに遭ったのだ。
「私を満足させるような強者はこの村にはいないのか?」
血に塗れた
人だかりの中では主婦達や、学舎の女の子達が青い顔をして見守っている。村の防衛団員をあっさりと倒してしまった来訪者に、挑めるような者はいないのか……そう思われた時。
「しょうがないわね。私が相手をしてあげるわ」
静まり返った広場に、クラリスの声が響き渡った。
「なんだと? ご冗談を、ご婦人」
毒気を抜かれたように剣を下ろして尋ねる来訪者。
今しがた目の前で防衛団の男達が成す術もなく倒されたというのに、どうしてこの女性が名乗り出てくるのかわからなかった。
確か最初に声をかけてきた女性であったが、その美貌を除けばただの主婦にしか見えない。
村人達にはなにかしら騒がれていたようだが、この村では名のある人物なのだろうか。
「冗談じゃないわ。それとも、か弱い女性である私に決闘を挑まれて逃げるつもり?」
その言葉に来訪者の眉がピクリと動く。
己の剣に自身があり、各地を渡り歩いてきた男にとっては屈辱と取れる発言だった。
「ご婦人。剣を持つ者として、その発言は取り消せませんよ?」
「取り消す? どうしてそんな必要があるのかしら」
「……よかろう」
あくまで颯爽とした雰囲気を纏うこの女性に、来訪者が剣を構える。
剣を扱う者、剣を極めんとする者として女子供であっても容赦はしなかった。それがこの世界の唯一の掟なのだから。
「剣士を侮辱するということは、怪我では済まされませんよ?」
「この世界で剣士でない者などいないわ。あなたこそ、私を剣士として侮辱しているのかしらね」
「ぐっ、口の減らない」
女性に口で勝つことなど無理なのは、ここにいる男性は皆知っていた。
さらにその女性は、あのディンゴの妻であるクラリスなのだ。それが示すものは、口だけでなく剣をもってしてもどうなるか……一部の村人は既にそれを予想していた。
「
澄んだ声が鋭く響くと、銀の輝きを放つ細剣がクラリスの手に握られる。
周りで見ていた村人達から歓声があがる。
特に、クラドの通う学舎の女の子達が騒いでいるようだ。
「なっ、まさか!」
クラリスの手に現れた
それが絶対とは言えないが、剣の位階が高い方が強い者であるのは誰もが知っている。
クラリスの手に握られたレイピアの輝きは、来訪者の握る鈍い鉛色の片刃剣よりも上の位階であることを示している。
「どうかしたかしら? さぁ、剣士に二言はありませんよ。かかってきなさい!」
「ぬ、ぐっ、これぞ真の強き者よ! いくぞ!」
半ばやぶれかぶれになった来訪者が、剣を振りかぶるが……それよりも速く、幾筋もの閃光が走る。
「はっ?」
気づくと振りかぶったはずの己の剣が手の中になかった。
ヒュンヒュン……ドカッ。ドサッ。
宙に跳ね上げられた片刃剣が、風切り音と共に落下してきて地面に突き刺さる。それと同時に、来訪者の男も地面へと倒れ伏した。
男は自分の身になにが起こったのかも、わからなかっただろう。
「遅いわ」
その姿は綺麗な金髪を翻す美貌も相まって、物語の一場面のようだ。
「キャー!」
「クラリスさん格好いい!」
主婦達や女の子達の歓声と共に、周囲に集まった村人達が一斉に沸いた。
「ご協力、ありがとうございました」
そう言って頭を下げる団員二人にクラリスは答える。
「いいのよ。村の皆を守るためにした当然のことです」
「はい、では我々はこの者の処遇を」
「えぇ、放り出しておいて頂戴」
剣の決定権を行使したクラリスが、来訪者の処遇を決める。
もちろん、村からの追放である。
村の防衛団長であるディンゴの妻として当然の勤めだとは言ったが、本音で言えば防衛団として団員が頼りないとか、剣士として鍛練が足りないとか色々と言いたいことはあった。
その不満は、今日の夜にでも団長である夫のディンゴに向かっていくであろう。
来訪者を引っ張っていく団員達を見送り、置いてきたクラドの元へと向かう。
「母さん、なにやってるんだよ……」
戻ってきたクラリスに、騒ぎを遠くから見守っていたクラドが呆れたように言った。
なにやら見慣れない男がいるなと思ったら、母が飛び出していき、村人が集まる中でそれを打倒し称賛を浴びて帰って来たのだ。
普通の主婦がやることではない。
この剣の世界ソードピアであれば、そこまで違和感のある出来事ではないが、村の防衛団員が返り討ちにあったのを軽く仕留めてくるのは、やはりやり過ぎだったかもしれない。
「クラド。この世界で最後に頼りになるのは自分の剣だけですよ。さぁ、お家に帰りましょうか」
「はーい、うんしょっと」
いまだに集まった村人達が称賛の声をあげ続けている。
それを特に気にした様子もないこの村最強の剣士は、大量の衣服が詰め込まれた鞄を持った、クラドを伴って家路に着くのだった。
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