来訪者①

 とある日の村の入り口で、防衛団の団員たる男が村への来訪者と話をしていた。



「旅の剣士ということで、目的はなんだい?」

「旅をするにあたっては、村に立ち寄ることもあるでしょう?」

「そりゃあもちろんだが、もしアンタが危険な人物だとしたらそれを許すわけにはいかないからな」


 睨むようにして言う門番を仰せつかった団員。それには理由があった。

 旅の剣士が補給などを目的に村に立ち寄るのはよくあることだが、この眼前の剣士にはそれ意外の目的があるように見えてならなかった。


 その証拠にわざわざ己のシンブレイドを実体化させて、鞘に収め腰に差しているのだから、欺瞞の目を向ける理由にもなるだろう。


「ふむ……実を言うと、真の強い剣士を探しているのだ。そして、その強き剣士との立ち合いを所望している」

「やっぱりじゃねぇかよ!」


 予想が的中し団員は声を荒げる。


 剣の世界であるソードピアには、当然と言っていい程に己の剣を極めんとする人々が住んでいる。

 その方法はいくつもあるのだが、剣士同士が戦うことによって己の強さが上がると思っているタイプの剣士が少なからずいた。そういう者達は、己の強さを確認する目的もあってやたらと他人に決闘を申し込むのだ。


 のほほんと暮らしているこの村の住人からしたら、迷惑千万な話であるのは目に見えている。



「ふむ。どうしてもか?」

「どうしてもだなぁ……」


 なので団員もこの男を村に入れまいとしているのだが、それを決めるのも全ては剣が決定権をもつ。


「ならば、私を倒してみよ!」

「やっぱこうなったぁ! コイツの思うつぼだったー!」


 旅の剣士が嬉々として己の剣を腰から抜いた。


 全ての決定権は剣のみにある。

 結果としてこの来訪者は、自身が望む剣による決闘ができるとして喜んでいた。

 対して、この村に面倒くさい旅の剣士を入れたくない団員は、意図せず決闘を受けるはめになってしまったことを悔やんでいた。

 一応は、それが彼の仕事でもあるのだが。



「面倒くせぇなぁ……解放リリース


 愚痴をこぼしながらシンブレイドを取り出して構える防衛団員。

 その鋼鉄の剣を構える姿は、いつだったかクラドと模擬戦をした時のような生易しいものではない。村を守る者としての顔、一人の中位剣士としての顔を覗かせていた。


「ふはは、よかろう。私を倒して止めてみせよ!」

「話を聞かないタイプだよ、コイツは……よっ!」


 お互いに剣を構えたとみるや、愚痴をこぼしながらもいきなり鋭い踏み込みで肉薄する団員。


「ぬうっ?」

「こっちはのんびり日向ぼっこしてたいってのによぉ!」


 真横から剣を振り抜く団員。

 来訪者は手首を返し、持っていた剣の刃を下向きにして受け止める。


 横向きに振られる剣は避けづらく、後ろに下がって避けるか来訪者の男のように剣の腹で受けるしかない。

 これが振り下ろしであれば体を横にして避けるか、回り込むこともできただろう。


「あらよっと!」

「むぅ!」


 受け止めた剣に絡めるようにして、来訪者の剣を弾き飛ばそうとする団員。

 クラドにも使った技術だったが……来訪者は捻られる手首を一度剣から放し、宙にあった剣を再度握り直すと上段から斬り下ろす。


「うおっ!」


 曲芸まがいの剣技に慌てて上体を反らすも、肩の辺りを斬られてしまう。

 その勢いで地面に尻餅をつく団員。


「ふっふっふ、私には通じなかったようだな」

「ぐっ」


 勝負はついた。


 この来訪者は正当なる剣の決定権を行使して村に入ろうというのだ。止めることは叶わない。


「人に教えといて、自分が小手先の技でやられてりゃ世話ねぇ……ちくしょ」


 高笑いをしながら村へと入っていく来訪者を見送る団員は、悔しそうに呻いた。




 村の中心部。


 地面には敷石が敷き詰められた広場。

 木製のベンチが置かれており、街路樹なども植えられた村人達の憩いの場となっている場所である。

 もっとも村の中に木を植えなくとも、緑は村の外に溢れているのだが。


 そんな広場のベンチに腰掛ける二人の親子。

 親子は戦利品を手にして休憩を取っているようだ。特に息子の方は荷物持ちをさせられているのか、衣類が入った鞄に埋もれていた。


「母さん、これじゃあ持ち切れないよぉ」

「男がめそめそするんじゃありません。クラド、あなたのお父さんはこのくらいでは音を上げませんよ?」

「父さんと比べないでよー」


 父さんも音を上げてるよ……とクラドは内心思いながら、ふと村の広場に入ってきた見慣れない男に目が止まる。


「あれ……誰だろう」


 田舎の村にありがちな、村人全員顔見知りのクラドからしたら、外から来た人間はこの上なく目立つ。

 それもその来訪者は、僅かながらに血の臭いを漂わせていた。


「クラド。ちょっと、ここにいなさい」

「えっ? 母さん?」


 目つきが鋭くなったクラリスがベンチを立つ。


 こうなった時の母は、あの上位剣士のディンゴでも敵わないのは知っていた。


 クラドを残しズンズン男に向かって歩いていくクラリス。



「そこのあなた。待ちなさい?」


 綺麗な金髪を風に揺らしながら、美人が台無しになりそうな鋭い声で尋ねる。

 尋ねられたのは、もちろん腰にわざわざシンブレイドを差している来訪者の男だ。


「私になにか用でしょうか?」

「それは私がお聞きしたいわ。えぇ、この村になんの用かしら?」


 とぼけるように言う来訪者……旅装をした男に、ビシリと言い放つクラリス。

 その姿に、広場にいた村人達も気づいたようだ。


「あら、ディンゴさんの奥さんよ」

「クラリスさん格好いいわ」

「あ、クラド君のお母さん……と、クラド君もいるわ」

「本当だぁ。クラド君、なんか荷物に埋もれてる?」


 広場で立ち話をしていた村の奥様方や、通りかかったクラドと同じ学舎に通う女の子達が口々に言う。


 田舎の村ではすぐに情報が伝播する。


 村の広場に不審な男がいて、村の防衛団長であるディンゴの妻のクラリスが問い質しているところだと。

 たちどころに村の広場を通りかかった人や、商店を営む店主、暇をもて余した主婦達が野次馬となって広場に集まってきた。

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