クラド少年の日常②

「おーい、クラド。今日こそ森に行こうぜ?」

「ごめん、今日はこれから父さんと狩りに行くんだ」

「えー、またかよぉ」


 口を尖らせて言う学友に「今度こそは行くから、約束だよ」と謝り、足早に学舎から帰路に着くクラド。



 村の防衛団長であるディンゴの息子ということもあり、なにかと村人達と関わることの多いクラドだが、人当たりの良い柔らさと好奇心旺盛なやんちゃ心を持ち合わせた人柄は、老若男女に人気があった。


 本人にその自覚はないのだが、歳の近い子供達の間では話題に上ることが多く、憧れの的まではいかないがそんなイメージを持たれていた。


 もっと単純に言えば、学舎の子供達は皆クラドと遊びたがっていた。


 しかし、当の本人は父であるディンゴと狩りに出掛けることや、母であるクラリスと一緒に家で料理をしたりが多く、あまり友達付き合いのいい方ではなかった。

 その原因には両親の親バカぶりが影響しているのだが、クラド自身は反抗期なども見受けられず、仲良く親子で過ごしているのだ。


 それが余計に一緒に遊べない子供達の気持ちに火を点けることとなり、男の子達はこぞってクラドを遊びに誘い、女の子達はクラドの母であるクラリスに料理を教えてもらうという口実で、お近づきになれたらと画策し始めるのだった。


 クラド少年の未来は明るい。




「ただいまーっと」


 家の扉を開けると、居間の椅子には既にディンゴが座っており、いつでも出掛けられる装いで待ち構えていた。


「おかえりクラド。さぁ、行こうか!」

「いやいや、ちょっと待ってよ。まだ帰宅して2秒だよ」


 クラドの姿を認めた瞬間に、狩りに出掛けようと持ちかけるディンゴ。

 クラドはまだ玄関に足を踏み入れたばかりだ。



 この世界に弓はない。


 シンブレイドと共に育ち、生きるソードピアの住人には、弓という発想が生まれないのだ。同じくして、本来であればあるはずの多種多様な武器や兵器に関しても、基本は剣という形態を大きく離れるようなことはなかった。


 その中で、弓はないが投剣というものは存在した。


 短剣は存在しているが、それに羽根を付けて飛距離を伸ばしたような武器だ。

 それはシンブレイドとはもちろん異なり、鍛冶士が気まぐれで製作したのが広まったものだ。通常対人戦としては使われることはほぼなかったが、主に狩りなどの娯楽にはよく使用されていた。



 その投剣を数本鞄に入れて背負ったディンゴに背中を押されながら、家の外に出されるクラド。僅か10秒の帰宅であった。


「しょうがないなぁ。父さんは狩りに行くとなると、これなんだから……」

「わっはっは、なんでもいいから行くぞ!」


 頭を抱えるクラドに気にした様子もなく、本日も仲の良い親子二人で森に出掛けて行くのだった。




 村から数十分歩いた森の中。


 クラドがいつも剣の鍛練を行う場所があるのもこの近くで、これだけ村から離れると雄大な自然が広がっており、野生のクリーチャーも数多く生息していた。


 山間にある村は四方を森か山に囲まれていて、どこへ行くにも自然はあるのだが、盆地となっている村の辺りには草原が広がっていた。

 いくつかの流れる小川と近くには湖もある村は、自然の恩恵を非常に良く受けており、ドの付く田舎ということに目を瞑れば快適な生活空間だった。



「よーし、今日はなにが出るかなー?」

 

 そんな自然に満ちた空間の中で、物欲丸出しの声が聞こえてくる。


「男は大物でしょ?」

「わかってるじゃないかクラド!」


 クラドの一言に満足そうに答えるディンゴ。

 いそいそと鞄から投剣を取り出したディンゴは、まだ獲物が現れてもいないのに構えては素振りのような動作を行う。


「はぁ……これがなければいいんだけど」

「んー? なにか言ったかクラドー?」


 普段は真面目で村人皆に尊敬される防衛団長なのだが、遊びや趣味のことになると童心に返ったかのようなはしゃぎぶりとなってしまう。

 いい歳こいて10歳になったばかりのクラドに呆れられるくらいだ。


 それが原因かどうかわからないが、今のディンゴは確かに気を抜いていた。


 なぜなら、上位剣士であるディンゴの剣気に当てられれば、森のクリーチャー達は逃げ出してしまうからだ。

 ディンゴ程の強者であれば、普段通りに剣気を放っていれば狩りにならないだろう。



 穏やかな午後の日差しの元、親子二人はゆっくりと森の中を歩く。

 昼のうちであればクリーチャー達の行動も緩やかであり、あのおぞましい虚空ボイドも洞窟などの余程の暗がりでなければ現れはしない。


 親子二人がのんびり他愛のない話をしながら歩いていると、前方の木々の合間に大きな影が見え隠れしているのを発見する。


「おっ、いたいたー」

「父さん、あれはなんだろう?」

「うむ、ソーディアだな。大人しいクリーチャーではあるが、なかなかの大物だ」


 木々の合間を見え隠れする影はクラドには判別不可能だか、ディンゴにはしっかりと見えているらしい。


「ほら、あの頭の先を見てごらん。剣角が光を反射しているだろ?」


 ディンゴの指差す方向を見据えると、森の中にギラギラと日の光を反射する剣のような鋭い角を持ったディアの頭が見えた。

 体長が2mぐらいあるディアの角は、さらに1m程の長さを誇っていた。


「わぁ、まるで剣みたいだ」

「うむ。あれで敵を突くのだから、侮れないクリーチャーだよ」


 この間の10歳になった誕生日からクラドはシンブレイドの鍛練を始めたが、こうしてディンゴの趣味である狩りに付き合わされることも多くなった。

 ディンゴは自然とクラドが立派な剣士、ひいては『剣者』になるために必要な訓練を課していた。



「じゃあ、早速始めようか!」

「えぇ、あんな大きな角をもったディアに!?」


 ソーディアなるディア系のクリーチャーを、クラドは今日初めて見た。

 今まではせいぜい体長1mぐらいのディアだった。


「なんだー、父さんのことが信じれないのかー?」

「そんなことないけどさ……」


 少し拗ねたように言うディンゴに、クラドが複雑な表情で答える。


「まぁ、見てろって。クラドにも一つ渡しておこう」


 そう言って背中の鞄から投剣を取り出して、クラドに渡す。


 刃渡り20cm程の短剣には、鍔部分が大きな羽のようになった装飾が加えられている。

 柄の部分を握って上手く投げれば、相当な飛距離を稼ぐことができるだろう。


「俺もやるのぉ?」

「男はなんでもやってみろだぞ! クラド!」


 わっはっは、と笑うディンゴも投剣を構えて、親子二人の狩りが始まった。

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