クラド少年の日常①

 あくる日。



 クラドは村の中をブラブラ歩いていた。


 既に村の長老達が教える学舎の授業は終え、放課後といえる時間帯を満喫している。

 学舎といっても、日常生活に困らない程度の最低限の読み書きや、世の中の情勢や世界の歴史を、暇を持て余した年配者が自発的に教えているだけなのだが。


 これだけ小さな田舎の村だと、外の世界の情報は殆ど入ってこない。

 旅の行商人や物好きな剣士が村に訪れるくらいで、そこから情報を拾っては村に浸透していくのだが、あまり村人達は興味がなかった。


 どこぞの国の王がすげ替わっただとか、国の剣士団で今度新たな御触れが出たとか、世に名を轟かす剣聖がどこぞの国に現れたとかそんなものである。

 捉えようによっては人々の暮らしに大きな影響を与えそうなニュースもあるのだが、この田舎の村にまでに影響が出るかというと、そうは思えなかった。



「よー、クラド。森に行かねーかー?」

「クラド坊っちゃん。お父さんによろしくね」

「クラドちゃん。このハニービーの焼き菓子食べていかないかい?」


 ……とまあ、クラドがブラブラ村を歩けば色んな人から声がかけられる。

 外の世界の話に興味を持つよりも、田舎にありがちな村の中でのコミュニティを第一に村人達は生活していたのだった。


 クラドは学友の遊びの誘いを、昨日大変な目に遭ったからとやんわりと断り、父であるディンゴにお世話になっている防衛団の団員に返事を返し、村の商店のおばちゃんから焼き菓子を貰って食べながら歩いていた。


 実に平和な村の一幕である。




「どしよっかなー」


 昨日の森での虚空ボイドに襲われた出来事が原因で、今日は村の外に出ないようにと釘を刺されていたクラドは、なにか楽しいことがないかと探していた。


 この村での娯楽といったら村を囲む森や山の方に探索しに行くぐらいで、村の中でなにかできるかというと、剣の鍛練に励むくらいしか思いつかない。

 村の女の子達は集まって、なにかしら昔から伝わる遊戯に興じたり、世間話に花を咲かせたりしているが、やんちゃ坊主のクラドからしたらつまらないものだった。


 クラドは女の子達の間で人気があったが、当人にそれに気づく様子はなく、今も話にまざらないかと受けた誘いを断ってきたところである。

 断られた女の子が寂しそうな顔をしていたが、それにも気づかずにとうとう村の入り口にまでやって来てしまった。


 今頃、誘いを断られた女の子を慰める会でも始まっていることだろう。



「おや、クラドじゃないか。今日も森に行くのか?」


 木製の柵に囲まれた村の入り口には、簡易的な門が設置されており、村の防衛団の団員が門番を務めている。


「こんにちは。今日は森に行くのは父さんに止められてるんだ」

「そうなのか。まぁ、団長の言うことに間違いはないよ。それに、お前のことを考えてのことだろう?」


 しょんぼりと答えるクラドに、団員は励ますように声をかける。

 ディンゴは村の防衛団長としてだけでなく、村の英雄として村人皆から尊敬の念を集めているので、自然とこういった反応が返ってくる。


 そんな父をクラドは誇りに思っており、自分もそうなりたいと考える目標でもあった。


「よぅし、クラド。暇してんなら模擬戦でもするか? 稽古つけてやろう」

「ホントに!? 仕事中だけど、いいの?」

「あぁ、こんな田舎の村に誰もきやしねーよ。虚空ボイドも昼間っから出やしないだろう」

「やったー!」


 しょぼんとしていたクラドを見かねたのか、防衛団員である門番の男がそんなことを言ってくれる。

 これも田舎の村という環境であり、ディンゴの人望のお陰でもあった。




 村の入り口の脇の原っぱで、クラドと防衛団員は互いのシンブレイドを構えて向き合っている。


 模擬戦とはいえシンブレイドを使って行うのはリスクを伴うように見えるが、己の剣と共に生きるこの世界の住人からすれば当たり前のことであり、一番使い慣れた手に馴染む剣を使って稽古を行うのは当然のことであった。


 お互いの剣の位階が大きく離れている場合などは、シンブレイドの損傷の危険性も出てくるが、一つや二つ位階が違うぐらいでは心配する必要はなかった。


 それも、手心を加えた模擬戦とあらば尚更である。



「準備はいいなクラド? どっからでもかかってきていいぞ!」

「はい!」


 団員の構える剣は鈍い光を反射する鋼鉄の剣。

 クラドの拙いながらもしっかりと構える剣よりは位階が一つ上で、重厚な輝きを放つ長剣である。


「えぇい!」


 その鍛練してきたであろう時間と経験を感じさせる鋼鉄の長剣は、素直に振り下ろした幼い一撃を正面から受け止める。


「真っ直ぐで思い切りの良い剣筋だが、それだけでは勝てないぞ?」

「わっ!?」


 鍔迫り合いをしていた鋼鉄の剣が、くるりとクラドの剣を絡めるようにしてその手から弾き飛ばす。


 呆気に取られるクラドの眼前に突き付けられる鈍い光。


「ま、参りました」

「おぅ、剣を取られたら終わりだからな。しっかり持つんだぞ」

「でも今のは技術でしょ?」

「はっはっ、そうはそうだがな……小手先の技を覚えたって意味がねぇ。最後にモノを言うのは体と剣を持つ気持ちよ」

「ふぅん……」

「クラドにはまだ早かったかな? お前は体も成長しきっていないんだがらしょうがない部分もあるが、妙な癖をつけちまうより基本をしっかり覚えるべきだ」

「ふむふむ」


 青年の団員はクラドに教えを説く。


 意外と身内の言葉よりも、少し離れた位置にいる他人の助言の方が飲み込みやすいものだ。


 別にクラドは父の教えを聞いていないわけではないのだが、ディンゴの教え方は固いというか、なにも考えずこれだけやっていればいいという感じで、具体的に稽古をつけて貰ったことはない。

 それはクラドにはまだ早いと思っていることもあり、クラド自身も親子だからか、ただずっと剣を振り回しているのも嫌いではなかったのだが。


 だからと言ってクラドがなにも考えなしの子供かというと、こうして団員の話に疑問をぶつけたり、教えを吸収する柔軟さも兼ね備えていた。



「よぅし、もう一回いくぞ。今度はもうちょっと考えてかかってこい!」

「うん! いくぞー!」


 来訪者のいない村の入り口で、麗らかな春の日差しの元、若き剣の剣戟がいつまでも鳴り響いていた。

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