家族の団欒

「母さん、ただいまー!」


 クラドは勢いよく家の扉を開けると、自分の帰還を元気よく伝える。


 居間を通り抜けディンゴと共にキッチンへ向かうと、料理をするための準備が整った中に、一人の美しい女性が佇んでいる。


「おかえりなさい、クラド。遅かったわね」


 クラドと同じ綺麗な金髪の女性は、長髪を揺らしながら振り向く。

 ディンゴの妻であり、クラドの母親であるクラリスだ。


「ただいま、クラリス。うちのやんちゃ坊主が危ないところでなー」

「あなた、おかえりなさい。……クラド、またなにかやったのかしら?」

「いっ!?」


 ディンゴの一言にクラリスの目が鋭くなる。

 一気に青ざめたクラドは、ディンゴに懇願するような視線を送る。

 なぜわざわざそんなことを言うのかと。


「クラド。やんちゃなのはいいが、今日のは本当に危なかったぞ? たまにはこってり搾ってもらえ」

「ええぇぇ……」


 いつもこってり搾られてるよ……と内心思うクラドであったが、確かに今回は危機一髪だった。ディンゴが少しでも間に合わなければ、自分もあの異形の怪物に取り込まれていたかもしれない。


 虚空ボイドは心有る者を襲う。


 虚空ボイドに取り込まれてしまえば、心を失い、あのような哀れな成れの果てのまま永遠にさ迷うこととなる。


 改めてそう考えると、クラドも思わずぶるりと身震いしてしまった。



「クラド、こっちへいらっしゃい」

「う、うん」


 クラリスに呼ばれ側に行くと、母の温もりに包まれる。


「え?」

「怖い思いをしたみたいね。クラド、お母さんもお父さんもあなたのことが心配なだけなのよ? あなたが居なかったら私達は生きていけないわ」


 そう言ってクラドのことを優しく抱き締めるクラリスは、慈愛に満ちた女神のようだった。


 あんなに美人なのにいつもは怒ってばかりの母親だったが、本当はクラドのことを一番に考えてくれていて、心配するが故の普段の厳しさであった。

 いつもなら正座をしての一時間は説教が始まるところだが、予想外の母の抱擁に照れ臭くなるクラド。


「うん。アリガト」


 少し赤く頬を染めつつも、安心したクラドは感謝の言葉を伝える。



「よし、それじゃあ晩御飯にしようか」

「そうね。準備は万端よ」


 息子の無事の帰還を喜んだ両親が、晩飯の話にもっていく。


 もう普段の食べる時間からは大分過ぎている。


「ついさっきウルフの肉を調達できたところなんだが、こいつでどうかな?」

「あら、それは良かったわ。早速スープに入れましょう」

「んん? ウルフの肉は焼いて食べたいんだがなぁ」

「今日は温かいスープに入れて食べた方が、クラドが安心できますよ」


 ディンゴとクラリスの夫婦の会話が展開されるが、微妙に齟齬が生じているようだ。


「男たるもの、剣士たるもの焼いた肉の強さを食べるべきだ」

「そんなことありません。クラドには優しい心があるのですから、スープの優しさを飲むべきです」

「い、いやいや。二人とも意味がわからないから……」


 段々と白熱していく夫婦のやり取りに、クラドも思わず突っ込むのだが収まる気配はない。


「肉だ!」

「肉よ!」

「いや、どっちも同じじゃん」

「「決闘だ!!」」



 剣の世界ソードピア。


 この世界では晩飯のメニューを決めるのにも、己の剣を賭けて勝負する。


 晩御飯のメニューは? 剣の強い者が決めるのである。


 普段から仲睦まじい夫婦の晩御飯を賭けた決闘は、上位剣士であり銀の大剣を自由自在に振り回す、この村の防衛団長を務めるディンゴ……を押し退けて、銀の細剣を変幻自在に疾風の如く操るクラリスの勝利に終わった。


 因みに、シンブレイドの形状であるが、剣の位階が上がる際に本人が望む系統に進化させることができる。

 もちろんいきなり片手剣から大剣になるわけではないが、位階が上がる度に徐々に本人の望む系統に近づいていくのだ。


 剣の位階が三つ上がっているディンゴとクラリスは共に銀の剣であり、それぞれが大剣と細剣と言える系統へと姿を変えていた。




「仲が良いんだから、どっちかが譲ればいいのに……」


 そう呟きながら、野菜と肉がバランス良く入った温かいスープを啜るクラド。


 随分と晩飯の時間が遅くなってしまったが、クラリスの勝ち取ったメインディッシュのスープは、香草が主張し過ぎず肉の臭みを上手く消した見事な逸品となっていた。


 クラリスは国の剣士団で定められた位階としては、中位剣士となっているが、それ以上の位階に上げる必要がなかったのでそのままにしている。

 ディンゴが上位剣士に上がる前までは、共に肩を並べた仲であった。


 この村の最強の剣士はもしかしたらディンゴではなく、クラリスなのかもしれない。



「クラド。お前のその気持ちは、剣の力のみに頼った考え方ではなく、正しき強さを持ち、弱きを導く者。『剣者』の考え方だぞ」


 ディンゴが嬉しそうにクラドの頭に手を置くと、わしゃわしゃと柔らかい金髪を撫でる。


「それだと、私が無法者のように聞こえますが……」

「「そんなことありません!」」


 晩飯のメニューを剣で決めたクラリスが目を鋭くさせて言うと、すぐさまディンゴとクラドは声を揃えて否定する。


 この世界ではなにも間違ったことではないのだが、度が過ぎればということである。

 事実、村の衣服店で行われる季節ごとのバーゲンセールでは、クラリスが連戦連勝して戦利品を勝ち取ってくるのだが、それに文句を言う者はいない。


 そのくらいの些細なことで剣の強さがうんぬん言うわけではないのだ。

 剣の強さを利用して過剰なまでに私利私欲に走ったり、人を人とも思わないような酷い行いをする者もいる。そういった者が権力を持ちやすい世の中とも言えよう。


 それを行うのは剣の強さを極めた努力した本人の特権だと言うのを建前に、好き放題しているのが今の世界の現状であった。



 この小さな田舎の村で生活している分には、そんな理不尽を感じるようなことはないのだが、いずれは都会の街や王都にも出る機会があるだろう。

 その時、色々と大変な目に合うであろうクラドに、今のうちにそれらに負けない本当の強さを身に付けて欲しい。


 そんな両親の思いの元で育ち、ようやく10歳になったばかりの少年クラドは、とりあえずは母の作った美味しい料理を腹いっぱい食べるのだった。

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