ボイド
「グァ……」
バラバラに弾け飛んだ肉片に取り付いた
取り付いた宿主がこのような状態となってしまっては、どうすることもできない。
「ひ、ひえぇー」
「大丈夫か? クラド」
あんな状態になって尚、動いているウルフの成れの果てを気持ち悪がっていると、クラドの頭上から優しくも頼もしい声がかかる。
「父さん。助かったよ」
「うむ。帰りが遅いから心配したぞ?」
「ごめん、鍛練に夢中になっちゃって……」
頭の後ろに手をもっていき、てへへと笑い誤魔化すクラド。
そんな様子の息子を怒るでもなく微笑むディンゴ。
母親に似て容姿端麗に育っているのだが、性格は父親に似たらしい。我が息子ながらやんちゃなのはいつものことだった。
「ほら。気味悪がってないで、ちゃんと止めを刺さないとダメだぞ?」
ディンゴが銀の大剣を胸にしまいながら、
それを聞いたクラドは、嫌そうな顔をして言う。
「えぇー、なんかグロいんだもん」
「グロいんだもんではない。お前が戦ったのだから、お前がやるのだ」
この心に穴の空いた怪物は、
それと同時に
「いきなりガバッとこないよな……」
「む、父さんの腕を信じてないのか?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
ディンゴが横で腕組みしながら冗談混じりに言う。
クラドとしては単に気持ち悪い、気味が悪いというだけだったが、『剣者』を目指す者としてはやっておくべきことであるのだ。
「こ、ここか……えぇい!」
バラバラになったウルフの胸の部分に取り付いていた
その途端蠢いていた影が剣先に集まり、吸い込まれるかのように綺麗に消え去ってしまう。
残ったのはウルフの残骸だけだ。
「これはこれでグロいなぁ」
「なにを言うか。晩飯ゲットだぞ?」
終始嫌そうな顔をしているクラドに、ディンゴが励ますように言いながら、肩に背負っていた袋を下ろす。
ある意味解体が済んでいると言えるので、損傷の激しくない部位だけを袋に詰めていく。
その間クラドはというと、
その鈍色の剣は、僅かに輝きが増したように見える。
余程貴重な鉱物や特殊金属があれば別だが、例えば銅の剣をいくら鍛えたとしても鉄の剣になるわけではないということだ。
剣自体の位階を上げるには、
通常のモンスターとは異なる異形の怪物を、数多く狩ることは難しい。今回クラドが相手したウルフ程度の弱いクリーチャーであれば、さほどの脅威ではなかったが、取り付いた相手がドラゴンだったとなれば討伐できる者など相当に限られることになる。
不思議なことに
高位の強力なクリーチャーに取り付いた
この世界で強くなるには色々な方法があるのだが、それは一重に剣の強さにかかってくるのだけは、いつでも変わらない。
まだまだ幼さの抜けないクラドが世界に飛び出すには、幾分かの時間が必要であろう。
「よし、あらかた詰め込んだかな。いくぞ、クラド」
「ん、わかった!」
僅かに輝きの増した己の剣を、ためつすがめつしていたクラドが元気良く返事をする。
既に辺りは薄暗くなり、クラドの腹の虫も鳴き始めていた。
「母さんが料理の準備をして待っているぞ」
「うん! 俺もうお腹ペコペコだよー」
ウルフの肉が入った袋を担ぐディンゴと、剣をしまったクラドが仲良く林道を歩いていく。
親子の会話に水を差すような無粋な輩は、これ以上現れる気配はなかった。
ディンゴが上位剣士であることにより、並のクリーチャーは迂闊に襲いかかってはこない。
夜の森は平穏を保っている。
「さすが、父さんだねー」
「油断するなクラド。隙を見てまた
ディンゴは完全に安心しきっているクラドに注意するが、事実森で
誰も好き好んであの異形の怪物と、日に二度も戦いたいとは思わないのだ。
ディンゴとしては多少楽観的な部分のある息子に、もう一皮剥けて欲しいところなのだが、まだ当分先だろう。
穏やかに見守るその顔は村の防衛団長のものというよりは、我が子を見る顔であった。
いかにクラドが溺愛されて育っているかが窺える。
「いいかクラド。剣士たるもの何時如何なる時でも気を引き締め、隙を見せてはならんのだ……」
「隙ありぃ!」
ディンゴが息子に剣士の心得とはなんたるかを説こうとするが、クラドの平手がディンゴの尻にクリーンヒットする。
「な、これクラド! なにをするか!」
「剣士たるもの、いつでも隙を見せちゃダメだぜ!」
「こいつ、やったなぁー……待て!」
「嫌だよー!」
揚げ足を取るクラドと、おいかけっこを始めるディンゴ。
男はいつまで経っても男の子なのだ。
そんな親子で仲の良いやり取りをしながら、二人は帰路に着くのだった。
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