芽吹く剣
春の新芽が芽吹く森を、傾き始めた太陽の日差しに背中を焼かれながら、クラドが足早に歩いていく。
自然にできた林道は、緑と黄のコントラストが目に眩しい。
薮の中には暗闇が広がり始めており、うかうしていると邪な者共がいずこから現れ出すだろう。
「ちょっと遅くなったかな。走っていくか」
春の暖かい日差しがクラドの判断を鈍らせたのか、まだ春先の日の長さは思ったよりも短いようだ。
驚くほど早く、日の光は遠ざかっていく。
森の茂みの中には確かな気配が現れ始めていた。
「うーん、ちょっとマズったかなぁ……」
急いで走るクラドの後を、何者かの気配が追いかけてくる。
森のクリーチャーだろうか?
クリーチャーであれば剣で追い払えば済む話なのだが、この気配はそれだけで諦めてくれるような輩でないのは知っている。
「ちぇ、そこの広場でいいか!」
舌打ち混じりに吐き捨てると、クラドは疾走していた体を急停止させ反転させる。
「
クラドが胸に手をやり唱える。
光の粒子が現れると、柄に青色の宝石を携えた鈍色の片手剣を形取り、クラドの手に収まる。
それと同時に、森の茂みの中から大きな影が飛び出して来た。
クラドの
大体の者が銅の剣から始まるところが、最初からクラドは鉄の剣であったのだ。もちろん銅の剣より鉄の剣の方が強い。
さらには、柄に静謐な青を湛えた宝石が携えられているとあって、それを見たクラドの両親は大喜びしたものだ。
ごく稀に、最初の段階から位階が上の剣や、特殊な付与を与えられた剣を持って生まれる者がいるが、クラドは正にそれであった。
それも位階が一つ上の剣であり、付与も与えらているとあって、村始まっての天才児と村人総出で沸き立ったのを記憶している。ただ、世の中には位階が二つも三つも上の剣を持って生まれてくる特異な存在もいるのだ。
それに比べれば、クラドの剣はかわいいものだ。
そんな剣を持って生まれてきた者は、例外なく強力な剣士であり、歴史に名を残した者も多い。
クラドも道を誤らなければ『剣者』になることも可能であろうと言われてきた。
『剣者』とは、剣を極めし者であり正しい心を持った者でなければなれない。
剣を極めし者の称号は様々あるのだが、『剣者』と呼ばれる存在は特別なものだった。
剣士は皆、下位剣士から始まり中位、上位、高位と続いていく。
クラドの父親であるディンゴも上位剣士であり、村の防衛団の団長をしている。
剣士の位階は国で決められていて、国が運営する剣士団によって審査される。
そこで高い位階を授けられた者ほど、国の重要な役職に就けるというものだった。
上位剣士くらいであれば、辺境の田舎町や村の防衛団長を任じられることになる。
それ以上の位階の剣士となると、国の手には負えない人物であることが多くなってくる。
元々それ以上の位階は正式には存在せず、民衆が畏怖を込めてそう呼び出したのが始まりで、天位剣士、剣王、剣聖と呼ばれる。
天から授けられた才能、剣により王となれる素質、剣の境地に達した聖者。
彼、彼女らは国という枠に収まらず、各方々でその名を轟かせている。
それが名声なのか、悪名なのかは別として……
それとは別に天位剣士以上に剣を極めた者であり、世のため人のために称賛される存在が『剣者』なのである。
剣の強さが絶対のこの世界で、唯一正しき道を行く者『剣者』は、力無き者の希望の光である。
クラドも剣の強さを笠に着せ、暴虐の限りを尽くす者には反感を抱いていた。そんな者達に負けないよう、正しき強さと正義感を持ったディンゴの元で育てば、クラドが正常な判断を持って成長できたのは当然である。
幸い、田舎の長閑な村で生活している分に限っては、上位剣士以上の脅威にさらされることはなかった。
全ては村の防衛団長であるディンゴが撃退してきたのだ。
ディンゴは村の英雄だった。
それに相応しい位階に上がることができれば、『剣者』と呼ばれていても不思議ではなかっただろう。
「グルァ!」
恐ろしい鳴き声と共に躍り出してきたのは、一匹のウルフであった。
しかし、そのウルフには黒い影が纏わりついている。
ウルフの全身を操るように取り付けく影は、胸のところに虚空が黒い穴を開けている。
心を失った存在。
それはいつからこの世界に存在していたのかわからないが、心を失った黒い穴を持つ形無き存在。
心有る存在に取り付き心を奪う存在。取り付かれた者は心を失い意思無き怪物と化す。
奴等は闇の中に潜み、光を嫌う。
一説では
「ウルフか、かかってこい!」
クラドが剣を構える。
幼いながらも父の教えを愚直に繰り返したそれは、なかなか様になっていた。
「ウグルゥ、グァ!」
影に取り込まれたウルフが大口を開けて襲いかかる。
「おっとぉ!」
飛び上がったウルフの食い付きを、小柄な体でかいくぐるクラド。
齢10歳にして驚異的な胆力。別名クソ度胸で致命的な一撃を回避する。
自然と後ろを取る形となったクラドは、チャンスとばかりに背後から剣を振りかぶる。
通常であれば死角を取ったことになるが、
「えっ!?」
背中に目があるかのような動きでクラドの一振りを回避する。
事実、ウルフに取り付いた影のあちこちから目玉がギョロリと覗く。
そのまま
「んなっ!? 無茶苦茶だよっ!」
咄嗟に剣で受け止めるも、無理な体勢で受けてしまったため、その場に尻餅をついてしまう。
前を向いていたはずの顔が無理矢理に後ろを向く。
関節の稼働域を完全に無視した動きで、逆さのウルフが再び大口を開けて飛びかかってくる。
「ギャウワゥアァ!」
「うわあぁ!」
奇怪な雄叫びをあげ、半ば体を崩壊させつつ襲いくるその異形に、クラドは剣を構えるのも忘れて情けなく悲鳴をあげる。
芽吹いたばかりの若芽が、無情にも刈り取られてしまうかと思われた時……
「はあっ!」
「ギャウン!」
一筋の閃光が走り、異形の怪物はバラバラに弾け飛んだ。
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