第2話
(ブロロロ…ゴトン…)微かな振動が、私の寄りかかっている窓を揺らす。もう何時間経ったのだろう。そろそろ腰が痛くなってきたと感じ、少し姿勢を崩した。
と同時に、シートベルトが隣のベルトとぶつかり(カツン)といい音を鳴らした。隣には詩織が眠っており、上手く体を捻ることが出来ない状況だった。
「詩織…!詩織!あと何時間で着くの?」そう聞いても、寝ぼけてうーんと唸るだけだった。私は狭い空間で自分の荷物を探した。リュックサックを探ると、前に貰ったチケットが出てきた。
チケットの隅っこに(到着予定時刻:午前6時00分)と小さく記載されてることを確認し、私は少し安心した。このバスは間違いなく、私達が降りれない状況だったとしても待たずに次の目的地へと走るだろうと勘づいていたからである。
もういっそのこと、私が寝なければ寝過ごす心配もないのだから、このまま起きていよう。そう考えた。私は4時間ほど前にターミナル付近で買った炭酸ジュースの入ったペットボトルを手に取り、キャップ部分をくるくる回した。
すると、バスの僅かな揺れにより手元が滑ってペットボトルが床に落ちてしまった。私が「あ!」と声をあげる前にそのペットボトルはバスの中をコロコロと回転しながら転がっていってしまった。私は必死で手を伸ばすが、全く届かなかった。すると、こちらの席から斜め前の2列目に差し掛かった頃に、やっとペットボトルの動きが止まり、大きくゴツゴツした手がそのペットボトルを捕らえた。しばらくして、座席からひょっこり顔を出したのは20代くらいの男の人だった。
彼は、手に掴んだペットボトルをまじまじと見つめ、すぐにこちらを見てきた。
私は焦りと緊張のあまり、声がうわずった。「わ、私の…!です。」やっとの思いで声をあげると、彼も「あぁ!」と一言返してきた。
私は少し動揺しながらも、何度も頭を下げた。「すみません…その…と、届かないので、投げてもらえません…か?」そう聞こえるか聞こえないか微妙なラインの声量で頼むと、彼も理解しこちらにペットボトルを投げてくれた。私は飛んできたペットボトルを上手くキャッチ出来ず足元に落としてしまった。すぐに拾い上げ視線を戻すが彼はすでにこちらを見てはいなかった。
(男の人とあまり話さないから緊張したかも…。)未だにドクドク鳴り止まない心臓の音を沈めようと、イヤホンを耳に挿した。
到着してからは早かった。特に問題もなく、私達はゲレンデから徒歩1分のホテルにチェックインした。フロントには、恐らく関西、関東、九州といろいろな所から滑りに来たのであろうベテランからアマチュアまでいろんな人達が集まって、荷物の最終確認を行っていた。
「あ…!千夏千夏!あの人テレビで見たことあるんだけど!もしかして…ソ〇オリンの伊藤〇貴じゃない!?」私は驚きつつ、バレないようそっと確認してみた。確かに出入口付近の階段を団体の大荷物で向かってくるそれっぽい面影をした男性はいたが、明らかに伊藤さんではなかった。
「ち、ちがっ!バッカ!あれは違うよ。第一、ここにいる訳ないじゃん!」詩織は何度か目を凝らしながら見つめていたがしばらくして、「ん、やっぱ違かった。ごめん。」と、笑いながら私の肩をぽんぽん叩いてきた。
そうこうしてる内に、人が次から次へと押し寄せてきた。「お客様、7時00分にDホールでウェアーの貸し出しと靴のサイズ確認等行いますので、また後ほどお越しください。」受付の女性にそう一言言われた後、私達は軽い会釈をしつつ自室に向かった。
チェックインした部屋の番号は201号室だった。何故分かったかと聞かれればきっと、貰った鍵にでかでかと書かれていたからだよ。と軽く答えるだろう。まあ、聞く人はいないだろうけど。
部屋には詩織が先に入って行った。私は少し大きめの旅行バックを両手に持ちながら、足で一生懸命扉を固定していた。「やば!超綺麗だよ!千夏も早く来なよ〜!」詩織ははしゃぎにはしゃいでいた。私は軽く返事をしながら、固定していた扉を蹴りながらそそくさと荷物を部屋に配置した。
ふう…と一息ついた後、ゆっくりと部屋を見渡すと中々の綺麗さだった。ベッドが部屋の左端に二つ狭い隙間を挟んで並んでおり、その隣には押入れがあった。茶の間は広々としており、大人が10人は入れそうな広さだった。そして、その真ん前には小さなテレビが配置されており、とてもじゃないが、二人分には勿体ない広々とした空間がそこにはあった。「千夏!こっからだとゲレンデがすっごい綺麗に一望出来るよ!」私は早足で、部屋の奥へ向かった。分厚いカーテンと小窓の先には美しい雪景色と滑走路が見えていた。
私はおもわず「わぁっ!」と吐息を漏らしてしまった。吐いた息が白くなり、広い雪山へと吸い込まれていった。
先程まで疲労で疲れきった表情をしていたはずだったのだが、私の顔には笑顔が戻っていた。
詩織も、そんな私を見ながら「5日間楽しもうね。」と笑顔で喋りかけてきた。
私はゆっくりと頷くと、思わず笑みが零れてしまった。それが恥ずかしくてすぐ顔を背け、机の上にあったリモコンを取り、電源を入れた。
詩織も茶の間に置いてあった座椅子の上に腰掛けながら、テレビを見ていた。私はトイレに行きたくなったので、部屋のトイレを借りに向かった。
すると突然詩織が呼び止めてきた。「ちょっと…これやばくない?」私はテレビに目を向けた。
(え〜…速報です。昨夜未明、群馬の〇〇市のスキー場にて相次いで遭難者が出ています。吹雪が酷くなってきたら、すぐに何処かに避難する様、お気をつけ下さい。現時点では、レスキュー隊が全力をあげて救助活動に……)と、ニュースキャスターが淡々とした口調で語るのを見て、私達は一瞬にして青ざめた。「ちか…かったね…。」詩織が失笑するのを私は黙って見つめていた。
天気予報では、私達が丁度帰る日に吹雪が酷くなる、と書かれていた。私達はほっとして、胸を撫で下ろした。
しばらくテレビを見たあと、詩織はベッドに移動した。「私、時間まで少し寝るから、先にリフト券貰ってきて。」と言いながら布団を顔まで被って寝てしまった。私は心の中で(サラッとパシりおって…。)と呟きながら、チケット片手に部屋を後にした。「え〜と…何処に行ったら、貰えるんだろ…」部屋を出てすぐの所に案内用の地図が掲載されていた。「あっち曲がって…真っ直ぐ行って…降りた所の喫茶店…?遠っ!」思わず愚痴が漏れてしまった。私は渋々、案内の通りに進んでいった。すると、2m程離れた所にある階段を早足で降りて行く1人の男性がいた。
私はそれが誰だかすぐに見分けがついた。
(ペットボトルの人だ…!)こんな言い方をしたら、全身ペットボトルで覆われた変態、という想像をしてしまう方もいるかも知れないので説明しますと、一時間ほど前に乗っていた夜行バスで、私が飲んでいたペットボトルが物凄い勢いで転がっていった時に、そのペットボトルをキャッチして渡してくれた20代くらいのイケメ…男性に、たまたま出くわした…というのがペットボトルの人、という謎のニックネームが生まれた理由です。私は緊張しながらも、気付いたら呼び止めていた。「あ、あの…ペットボトル有難う御座いました…。」と一言述べた後、やっと自分が意味不明な発言をしていることに気がついた。
(うわ…これじゃただのストーカーか勘違い女だよ…。)と、後悔しながらも、そっと反応を伺っていた。すると彼は、しばらく硬直したまま動かなくなった。かと思えば、顎に手を添えながら考え事をしている素振りを見せると、「あ!」と一言何か思い出した様に声を上げた。「ペットボトルの人か。」と、私が心の中で呟いていた言葉と、全く同じ言葉を発した。
彼はニコッとこちらに笑いかけると、すぐに階段を降り、走って行ってしまった。私も腕時計に目をやりつつ、(やばい!急がなきゃ…。)と心の中で叫び、階段を後にし、喫茶店へと向かった。
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