sky snow

蜜柑

第1話

今年の冬は例年より5度も低く、寒さが厳しくなりそうだと、今日の夜9時のニュースでアナウンサーが淡々と語っているのを聴きながら、残り少なくなった歯磨き粉のキャップを洗面台の隅でカンカン叩いていた。

「さっむ…。コレ新しく買わなきゃ駄目かなぁ…。」空の容器を持ちながらリビングまで歩き、ゴミ箱に捨てた。テレビの電源を消しつつソファーに腰掛けながら、人肌まで冷めきったコーヒーカップをそっと持ち上げ、口元まで運んだ。雑誌をパラパラめくっていると、オススメのゲレンデについての紹介文が掲載されていた。

「群馬か…。行ったことないな…。」溜め息をつくと、そのまま雑誌を机の上に放り投げた。


翌朝の大学の講義中。長期間の休みに入る2日前に入ったというのに、一向に気持ちが晴れやかになる事がないのは何故かということをずっと考えていた。

きっとこのまま私は独身アラサーの冴えないOLへの人生を順調に駆け上がって行くのだろう。と、1人思いに耽っていると、何処からか赤ペンが飛んできた。

「聞いていましたか?ここは寝る場所ではありませんよ。」と、教授からお叱りを受け、やっと我に戻った。「すいません…。」周りからクスクスと笑い声が聞こえてきて、耳まで赤くなった。

(なつ……千夏!後で話しあるから此処で待ってて!)小声で後ろから話かけてくるのは、私の友人である近藤 詩織だった。私は小さく頷くと残り30分の授業を黙々と受けた。

講義が終わると、先程まで静かだった室内は次の授業へと向かう人の移動の列で混みあっていた。

私は静かにいずれ来るであろう友人を待っていた。

すると、後ろから駆け足でこちらに向かってくる友人の姿が見えた。「あぁ…ごめんごめん。思った以上の大移動でびっくりした。」私は苦笑しながら、「んで、どうしたの?」と聞き返した。

詩織は少し悩んだ後、オロオロし出した。「あ、あの、千夏は凄い運動音痴とかじゃ…。」「ないね。」「な…いよね!うん!良かった!」一気に表情が明るくなったかと思えば、急にリュックサックから2枚のチケットを差し出してきた。「…はい?」「折角の長い休みだし、旅行でも行こうぜ。」私は目を見開き、ゆっくりと眉間に皺を寄せ、しかめっ面になった。

「別にいいけど、何日に行くの?あと何処に行くの?」すると詩織はにんまり笑いながら、リュックから取り出した冊子をこちらに寄越してきた。

私は慎重にその冊子を持ち上げると、1枚1枚めくり始めた。「は…!こ、これはスキーじゃないか…。」わざとらしく仰け反って見せると、詩織は申し訳なさそうに、私の斜め前に立ち、紙を1枚渡した。

「ん?…え?ま、待って。日程とかもう決まってる感じなの?後これ、キャンセル代出ないよ?私が断ったらどうするの?」私も詩織に釣られて一緒にオロオロし出した。「行けばいいじゃないの!」詩織は謎のドヤ顔を私に見せてきた。「26日か…行けない日じゃないな。いいよ。」私は溜め息混じりにそう答えた。

でも、あながちスキーには行ってみたいと思っていた所があった。少し遠いと感じてたじろいだのは事実だが、悪い話ではないだろう。私は再度2回ほど頷いた。

詩織は講義室内を「やった!やった!」と言いながらピョンピョン飛んだり、走ったりしていた。

こういう所を見ると、大学生になったのにまだ子供っぽい所があるんだな、と思い微笑ましく感じる。

私は2枚あるうちの1枚のチケットを受け取り、自分のカバンにしまい込んだ。


そして長い休みにやっと突入し、それと同時に旅行の前日になっていた。(話が急すぎて準備も何もしてなかったよ…。)私は部屋の隅にある大きなウォークインクローゼットの中から、ホコリを被った旅行バックを持ち出した。手で少しホコリを払おうとするが、それが返って空気中に舞ったホコリを部屋のあちこちへと移動させてしまっていた。「くっさ…!ホコリ独特の臭いがする…!」ん?待てよ。ホコリ独特の臭いって何だ?と、1人ツッコミを入れながら身近に転がっていた洋服を詰めていく。と、私は替えの歯磨き粉が無いことに気づき焦った。「やばい…。お泊まりセット的なの買わなくては…。」そう気づくと、部屋を後にして、部屋着のままコンビニまで走っていった。

コンビニは私の家から10分かかる。大学生で走るのだけは遅く体力がない私には体が持たず、走り出してからわずか5分足らずで既に足はクタクタになっていた。

早足のままやっとコンビニに辿り着いた。

「あったわ!全部揃ってるやつ!」私はそれをレジまで持って行き、会計を早々に済ませた。そして、片道10分ほどの道をのんびり歩きながら帰った。

午後7時ほどになったであろうか。荷物の支度も終え、暇になったので友人に最終確認として電話をかけた。(………あ、もしもし?あのさ、聞き忘れてたんだけど、何泊するつもりなの?)そう聞くと、友人は「5日間!」と耳が痛くなる様な大声で伝えてきた。私は心の中で(餓鬼め…)と呟きつつ、「わかった。おやすみ。」と一言言いながら電話を一方的に切った。

そのままベッドに倒れ込み、寝入ってしまった。

突然、家のチャイムが連打される音で目覚めた。私は手元の時計を見ると夜10時を廻っていることに気づいた。「…ん?」寝ぼけたまま、フラフラと玄関のドアを開けた。すると、詩織が焦った様子で飛び出してきた。「ちょっと…急いで準備して!夜行バスで行くから!間に合わなくなっちゃう!」そう言われて、ハッと目が覚めた。私は早足で自室に戻り、着替えた。

15分程たち、やっとのことで支度を終わらせてドアに鍵をかけて、マンションからバスターミナルまで走りだした。


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