【番外編6・おまけ】私の従者はゲンキンなので(アリア視点)


 ホットミルクをサイドテーブルに置くついでみたいに、アルが私の顔を見た。


「お嬢様」

「なあに?」

「スモウって何ですか?」

「え……?」


 スモウ、すもう、ですって?

 それはあの、横綱とか大関とかの、あの相撲のこと? 

 もしかしたらアル、あなたも今更ながら転生者だったことを思い出したとか!?


「ど、どこでその言葉をきいたの、アル?」


 動揺を隠せない私をたっぷり3秒ほど観察して、アルがひとつため息をついた。あ、これ『ちょっと面倒だなー、話さなきゃよかった』って思っているときのため息だ。


「……昨日、商工協会の近くで王太子にばったり会いまして」

「あら」


 なるほど、発信源は王子様だったかあ……、

 って一瞬納得しちゃったけど、普通に会話してたらそもそも『スモウ』なんて言葉出てこなくない? いったいどうしてそういう話になったのかが謎過ぎる。それに、アルと王太子がばったり会ったところで仲良く立ち話をするとは思えない。


「まだちょっと、話が見えないのだけど」

「そうでしょうね。で、スモウって何ですか?」

「どうしてその単語が出てきたのか説明してくれたら教えてあげる」

「あ、では結構です」


 アルは済ました顔で引いた。引こうとした。

 こういう時あっさり切り捨てる性質だとわかっているので、慌てて腕を伸ばしてアルの上着の裾を掴む。


「ちょっと待ってよ、気になるじゃない」

「まだ仕事が残っていますから、離していただけませんか?」

「イヤよ、気になって眠れない!」


 断固とした意思を伝えるため裾を握る手にぎゅっと力を込めると、アルフォンソはまたひとつ息をついた。今度は『めんどくさいけど話すまで諦めないんだろーなー』というため息だ。長い付き合いだもの、ちゃんとわかるんですからね!

 アルはしぶしぶという様子でこちらを見て、重い口を開いた。


「……この前、伯爵が市場の治安について話しておられたでしょう?」

「え? ええ、郊外から人が流れてきて、治安が悪いとか言う話?」


 だから市場へ行くのをしばらく控えるようにって言われたんだよね。

 残念だけど勝手な行動をして何かあればお父様が責任を問われる可能性が大きいし、従者のアルだっておとがめを受けるかもしれない。そう思うと気安く出歩くわけにもいかないので、最近は大人しくしている私なのだ。


「俺も今日、所用で通りかかったんですが、噂通りでした。お嬢様もフラフラ市場へ行かれませんように」


フラフラってなによ。

と突っ込みたかったけれど止めておく。まぜかえっすと聞ける話も聞けなくなりそう。


「わかっています。それで?」

「そこで王太子とばったり出会って一応ご挨拶をしたのですが、間の悪いことに通りの市で、もめ事が起こりまして」

「もめごと?」

「果物商の店主に流れ者が難癖をつけたんですよ」

「そのくらいはよくあることじゃない?」

「それを『よくあること』と認識しているお嬢様が心配です」


 アルが沈痛なフリでゆっくり首を振った。

 だけどどこの市でも小競り合いなんてよくあるし、値引きやらなんやらで勢いよく言い争うくらいは普通にみかける。


「口喧嘩くらいならいいんですけどね。あきらかにいちゃもんをつけて慰謝料か見舞金をふんだくる気マンマン、悪質な連中でした」

「まあ……、お父様も困っておられたし、どうにかならないのかしら」


 警備の兵士を増やせば良いのだろうけれど、平和なアシュトリアでは、兵士の数自体が足りていない傾向にある。かといって新たに兵を募れば隣国に不要な疑念を抱かせる可能性もあるとかで、あまり派手な徴兵はできないらしい。

 ま、こういう知識はすべてお父様からの受け売りですけどね。


「だからほら、領地ではじいさんたちが自警団を作ってたでしょう?」

「あ、なるほど」


 そうそう。

 うちの領地は国境沿いで辺境や他国から人が大勢やってくる。もちろん国境近くは騎士団の方が守っているからそこまで物騒ではないのだけれど、畑や作物の貯蔵庫がたびたび荒らされる事件が重なった。それでアルのひいおじいさまにあたるヨハンさんが中心になって自警団を作ったのだ。

 高齢とはいえ、ヨハンさんは先の戦争で前線に出ていたらしく剣の腕は確かで、アルもその教えを受けている。


「まさかアル、自警団の話をユージィン様に話したの?」

「はい」


 少し気まずそうにアルが頷いた。アルが目上の人を相手にそんな話をするのはとても珍しい。基本、聞かれたことしか応えない方針なのだ。たぶん市場の現状を見かねて、我慢できなかったんだろうなあ。


「で、ユージィン様は自警団の話に乗り気なのね?」

「あの様子じゃ、そうみたいですね」

「でもその話がどうしてスモウに……あ」


 なんだか思い出したぞ。織田信長は確か相撲が大好きだったんだよね。お城で相撲大会とか開いて、強い人を召し抱えたりしたとかしないとか、どこかで読んだ気がする。


「相撲大会を開いて、強い人を自警団に入れるため、とか?」

「そうらしいです……で、スモウって結局何なんですか」


 相撲は【日本】の国技です。

 とは言えないし、改めて考えるとなかなか説明が難しい。


「えーとね、武闘大会みたいなものかしら」

「武闘大会? 素手で戦うんですか?」

「そう、素手」

「殴り合いの試合とか、聞いたことがありません。あまりにも野蛮でしょう」


 この国の常識ではそうなのよね。

 でも、違います。


「違う違う、相撲は殴らないわ」

「じゃあ蹴るとか?」


 どうしてそう物騒なのよ。でも、素手で戦うといったらそう考えるのが当たり前か。

 だけどアルは剣を使うより、殴る蹴るのが得意よね。子供のころから喧嘩じゃ負けなしだったの、ちゃんと知っているんだから。


「蹴るのもダメ」

「は? では、どうしろと?」

「えっと、押したり投げたりするの」

「……」

「で、決められた範囲から出されたり、足の裏以外が地面についたら負け、かな」

「なるほど?」


 しかし、と首を傾げられる。


「それはもしかして、身体が重い者ほど有利では?」

「そうなのよねえ」


 ソフトな言い回しありがとう。もちろん体重だけが全てではないと思うけど、有利なのは確か。お相撲さん、やっぱりみんな身体大きかったもの。

 そんなことを考えていると、アルがまじまじと私を眺めてきた。


「なあに?」

「いえ、お二人とも妙な夢を見るんだなって」

「だから夢じゃなくて、前世よ、前世」

「はいはい。では、そろそろお休みください」


 アルはぽんとわたしの頭を撫でて、さらりと出て行こうとする。

 ふと思いついて、私はその背中に疑問を投げた。


「ね、アルは出ないの?」

「は?」

「相撲大会」


 アルはちょっとだけ目を開いて、それから呆れたように笑った。


「そんな得体の知れない大会に出るくらいなら、剣術大会のほうがいくらかマシです」


 ……ですよねー。

 いや、相撲は得体が知れなくはないぞ。この国ではなじみのないスタイルだけど、あれはきっとあれで面白いのだと思う。個人的にはあんまり見たことなかったけど、国技ですからね、【日本】の!


「じゃ、剣術大会なら出る?」


 諦めきれなくてそう訊くと、アルは微かに首を傾げた。


「賞品次第ですね」


 それだけ言い残して、パタンとドアが閉まる。

 アルってば、あいかわらずゲンキンだと思うわ。





(了)

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