【番外編2】友達の話をしましょうか?(モニカ視点)


「ああアリア、よく頑張ったわ! すっごく素敵だった!」


 部屋に入ると挨拶もそこそこに、思わずアリアに抱きついていた。


 アリアと王子様の婚約発表から既に10日ほど、やっと生活ももとのリズムを取り戻したらしい。今日の招待が届いたのは昨日の夕方だ。もちろん何を置いても来るに決まってるわ、だって聞きたい話がたくさんあるのですもの。


「いらっしゃい、モニカ! 話したいことがたくさんあるの」

「ええ、ええ、私も聞きたいわ。ああでも、アリアったらホントに婚約しちゃったのねぇ」


 よくわからないけれど、少し鼻の奥がつんと痛くなる。

 お城のバルコニーで王子様と並んで手を振っているアリアを見たときは、全然実感が沸かなかったのに、ヘンね。


 二人して言葉に詰まっていると、部屋の入り口で控えていた従者が柔らかく声をかけてきた。


「よろしければお茶の準備は、お嬢様の部屋のほうにしましょうか?」

「ええ……ええ、そうね。ありがとう、アル」


 そう言われて、私たちはようやく少し離れる。危ない危ない、あやうく湿っぽくなるところだったわ。


「では、すぐに支度をいたします。ごゆっくりどうぞ」


 微かに笑みを浮かべて、従者は先に応接間を出て行った。ええ、若いのになかなか見栄えの良い気のつく従者よね。少なくとも我が家のどの従者よりも優秀だと思う。いったいどこで見つけてきたのかしら。


「いつも思うのだけれど」

「え?」

「あなたの従者、有能よね。マテラフィ領の名家の出、とかかしら?」

「あら、アル……、アルフォンソはうちの領地で一番大きい蒲萄農家の次男坊よ。私の乳兄弟で、幼馴染みで、いちばんの友達なの」

「農家の……? アリアの家って、本当に変わってる」

「そうかしら」

「でも、そこが良いと思うわ」


 素直にそう思う。

 常に伝統やら格式やらばかりを重んじるうちのお父様やお兄様に爪の垢でも飲ませてやりたい。


「なんだか褒められている気がしないのだけど」

「あら、褒めているわ、べた褒めよ」


 おどけて笑ってみせると、アリアは困ったように眉を下げて曖昧に笑った。

 気が強いほうではなく、どちらかといえば友達の輪の隅っこで、だけど楽しそうに話を聞いている。そんな印象を覆したのは、あれは入学して間もない昼食の時間だった。





 がちゃん、と大きな音がして食堂にいた貴族の子女たちが一斉にそちらを向いた。

 配膳机に置かれていた陶器のポットのひとつが床に落ちて、傍らには召使いがひとり、手首を押さえてうずくまっている。


『なにかしら』

『ポットが落ちて割れたみたい』

『熱いポットにうっかり触ったのでしょう? 人騒がせね』


 のどかな食事時、小さなハプニングに対する反応は色々だった。眉をひそめて不快感を表す娘もいれば、好奇心を隠そうともせず召使いを眺めている娘もいた。それから、数は少ないけれど心配顔の娘も。


 うずくまった召使いが動かないので、私はだんだん心配になってきていた。身分が低いとはいえ、やけどの跡でも残ったら気の毒だと思ったからだ。だけど、召使いはやはり召使い、誰一人彼女のために動こうと思うものはいない――――、そう思ったときだった。


『大丈夫?』


 斜向かいに座っていたアリアがすくっと立ち上がり、うずくまっている召使いに走り寄った。他のご令嬢たちは、たぶん驚いていたか呆れていたか。私は、といえばものすごく驚いていた。


『大変、熱湯をかぶったのね』


 お湯で濡れた床をものともせず、アリアは跪いて召使いの肩を抱いた。


『ああ、袖をまくらないで。そのまま冷やしたほうが良いわ』

『あ……わたし、あ、あつくて、いたくって、すみま、せん』


 細い声で、召使いの女の子が謝罪を繰り返す。その声で私も、ようやく気付いた。黙って見ている場合ではない、彼女は私たちと同じ女の子だ。

 そう思いついてしまえば、勝手に身体が動いた。


『冷やすなら厨房ね。すぐに行きましょう』


 急いで走り寄ってアリアにそう言うと、召使いの女の子は怯えたように私を見上げた。注目を浴びることに慣れていないのだろう。あとで叱られるのではないかと考えているのかもしれない。


『立てるかしら?』

『は、はい……』

『じゃあ、行きましょう』


 アリアと私で両側を支えると、少女はおずおずと立ち上がった。左腕、肘から先は濡れていて、手の甲が赤く、ひどく腫れ上がっている。


『ありがとう、モニカ』


 痕が残らないといいなと考えていたとき、召使いの頭越しにアリアが微笑んだ。


 そう、あのときだ。

 ああ、この子と友達になりたい、きっと仲良く出来るはずだと確信して、私はただ笑みだけを返した。





 懐かしい事件を思い出してしまったわ。

 あのときは食堂中の注目を浴びたし、私とアリアはその後『変わり者』のレッテルを貼られたのだけど、そんなことはささいなことじゃない?


「何をにこにこしているの、モニカ」


 2杯目の紅茶を飲みながら昔を懐かしんでいると、向かいに座ったアリアがいぶかしげにこちらを見ていた。彼女は2つめのスコーンを既に半分ほど消費している。少しペースがはやいのではないかしら?


「少し昔を思い出していたの」

「昔?」


 アリアのカップが空になったのを見計らって、有能な従者がポットを持ってテーブルの脇にやってきた。よどみなく静かにカップが満たされていく。


「アリアと私が仲良くなったきっかけよ。覚えている?」

「え、えっと、なんだったかしら?」


 私は面白いことを思いついて、アリアの従者を見上げる。


「ねえ従者さん、あなたも聞きたくない?」

「やっ、アルは関係ないでしょう!?」


 案の定、アリアが慌てて止めようとした。どういうわけかこの友人は、あまり褒められると居心地が悪くなるらしい。巻き込む人数が大きいほど効果が大きいことも知っているわ。

 アルという名の従者はわずかに目を見開いてから、にっと口角を上げて笑った。


「それは是非、お聞きしたいです」


 あら、今のちょっと意地悪そうな笑顔も高得点よ?


「えっ、ちょっ、待って」


 焦りまくるアリアが可笑しい。

 うっかり王太子妃になっちゃうけれど、そんなことはどうでもいいことだわ。ああ、本当に彼女に出会えてよかった。


「アリア」

「な、なあに?」


 王太子妃でも田舎貴族でもなんなら平民になってもかまわないから、どうか。


「……ずっと友達でいてね?」

「え? ええ、もちろんよ、モニカ」



 本当に、約束よ?





(了)


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