第11話 夢と現の境界線

「疲れた……」

「お疲れさまでした、お嬢様」


 ようやく屋敷について、私はぐったりとソファに身体を沈めた。

 余裕綽々でお茶の準備なんてしているアルが無性にカンに障る。うん、八つ当たりだとわかってるし彼に甘えているのも自覚してます。

 だけど、あえて言わせてもらおう。


「だいたいあなた、どこにいたのよ」

「勿論隣で控えてましたよ。綺麗な中庭が見下ろせて、なかなか良い部屋でした」

「ふうん?」

「さすが王宮、使用人の女の子たちも皆可愛いですよね」

「ムカつく!」


 私が幾多の試練にさらされてる間、何をしていたんだ!

 腹立ちまぎれにクッションを投げつけたけど、片手であっさり受け止められた。

 もう、こっちは今日一日で寿命が10年くらい縮んだ気がしてるのに。人生80年だとして、あと5回ほど王宮に呼ばれたら死んでしまう計算だ。待って待って、まだ死にたくない!


「どうでも良いことを考えていますね?」

「考えなきゃいけないことは考えたくない気分なの」

「何かありました?」

「うん……聞きたい?」

「そうですね、従者としては気になります」

「幼馴染としては?」

「たぶんアリア様は話さずにはいられないだろうな、と推測していますよ」


 気心知れた従者って、こういう時は考えものよね……。

 しかし、どんなに悔しくても話さずにはいられない。あーもう、話してしまおう、話したいんだもの!


「実は、エヴァンジェリン姫に会ったの」

「えっ!アシュトリアの天使に!?」


 ほらね、アルの目の色が変わった。

 ふふふ、伊達に付き合いが長いワケじゃないんだから。

 私だってアルがエヴァンジェリン姫のファンだってことくらい知っています。まあ、それを言うなら国民の大半が王女様に夢中なんだけど、それはそれ。


「会ったって、ご挨拶をされたとか!?」

「挨拶はもちろん、一緒にお茶を頂いたわ」

「どうして俺を呼んでくれないんだ!」


 呼べるか!それに言葉使い!

 いろいろツッコミどころはあるけれど、珍しくアルに一矢報いたので気分は悪くない。


「あー、しまったなぁ……ビアンカちゃんと話し込んでいる場合じゃなかった……」

「誰よ、ビアンカちゃんて」

「良い子ですよ。お茶もお菓子もどんどんお代わりを持ってきてくれましたしね」


 くっ、本当にお城を満喫してきたのは、おそらくアルのほうだ。無理を言ってついてきてもらった手前、あまり文句も言えないけどさ。それにしてもビアンカちゃんってどんな娘なのか気になるといえば気になる。


「くそう、お姫様はどうでした?やっぱり天使ですか?いや、俺としては小悪魔系でも全然オッケーなんですが」

「何の話よ。天使に決まってるでしょ、天使に。しかも王子様よりしっかりものだったわ」

「王子と比べること自体が間違ってます」


 はい、不敬罪。

 今度王子に会ったら絶対言いつけてやるんだから。


「けど、予定ではユージィン王子に14リラ返すはずだったでしょう?どうしてお姫様とお茶することになったんですか?」

「ユージィン様が約束に遅れてきたの。待ってる間にエヴァンジェリン姫がいらして、なんだか色々と誤解をされちゃって」

「誤解?」

「ほら、この前王子と『お見合い』したでしょ?」

「ああ、そうでしたね」

「王女様に『アリア様はお兄様と結婚して下さいますの?』って聞かれちゃった」

「ああ、そういう」


 アルはそれはそれは気の抜けた相槌をしてみせた。

 エヴァンジェリン様とお茶を飲んだと教えた時よりも興味なさげってどういうこと?


「ちょっと、アル、ちゃんと聞いてるの?」

「勿論です、お嬢様。続けて下さい」

「んもう……」


 まあいいか。話の本題はここからだ。


「でね、王子様にバレちゃった」

「は?何が?」

「私が王子様と同じように、前の人生を覚えてるってこと!」

「またその話ですか……」


 アルの目が可哀想なものを見るように細められる。


「たいがいにしておかないと、お嬢様まで貴族社会の変わり者リストに載っちゃいますよ」

「だって本当なんだもの。実はね、王子様の前世と私の前世は、同じ国の人間だったの。すごくない?」

「ええ、凄いというか、痛いというか……」


 む。

 痛いかな?ちょっと想像してみよう。

 田舎貴族の娘の主張だとして。

『私と王子様は、前世では同じ世界で生きていたのよ!』

 うん……、客観的に見たらけっこうイタイかも。いかんいかん、気を付けないとこれは駄目だ。歯に衣着せぬ従者がいて本当に良かった。この話題、相手はアルだけにしておかないと、間違いなく変人扱いされちゃう!


「要するに、同じ夢を見るんでしょう?」

「違う。けどまあ、そういうことでも良いか……」

「あれ、なんか急に元気が無くなりましたね」

「我に返ったの。そして疲れました」

「なるほど」


 くすっと笑って、アルがお茶のお代わりを淹れてくれる。


「砂糖は?」

「ふたつ」

「畏まりました」


 琥珀色の液体に角砂糖を落としながら、アルが思い出したように口を開いた。


「で、ご結婚されるんですか?」

「しないわよ!」

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