しがない転生令嬢は平穏に暮らしたい 訳アリ王子に振り回されています!?
タイラ
第1話 王子様の秘密
「俺には前世の記憶がある」
臆面もなくそう宣言したのは我がアシュトリア王国のユージィン・パドゥラ・アシュトリア殿下。正真正銘の王子様だ。対する私は伯爵令嬢とは名ばかり、辺境の土地を治める田舎貴族の娘、アリア・リラ・マテラフィ。
笑えるくらい身分の違う二人がなぜ王宮の一室でお茶を飲んでいるのかと問われれば、実はお見合いなのですと答えるしかない。
そして、金髪碧眼の王子様は挨拶もそこそこにとんでもない爆弾発言を投下した。
うーん、納得。こりゃなかなか結婚相手が決まらないわけだ。いきなり何を言い出すんですか王子様。どう反応すれば良いのかわかりません王子様。
私は、最高に良い香りのする琥珀色の液体と一緒にもろもろの感情を飲み込んでにっこり笑ってみせた。
「ゼンセのキオク、ですか?」
「理解できるか?前世とはこの世界に生まれる前のこと、つまり違う世界で別の人間として生きていた時のことだぞ」
「はい」
「……俺は、その世界を覚えている」
「それは興味深いお話ですわね」
最大限にかわいらしく首をかしげてそう答えると、王子様は微妙な表情を浮かべた。あら、何か反応間違えちゃったかしら。でも、咄嗟に正直な感想しか出てこなかったんだもの。
常識的に考えれば、そんな胡散臭い話を見合いの席で唐突にほぼ初対面の令嬢にぶっちゃけるのはどうかと思う。公爵家のセシリア様やミディア様、侯爵家のクリスティーネ様、エレノア様、フローラ様やエリザベート様、あまたのお嬢様方との縁談がまとまらなかったのも当然ですわ。王太子妃候補最有力と噂の宰相のご令嬢に至っては見合いすら拒否したという噂もあるけど、この調子じゃその話も真実かもしれない。私みたいな田舎娘とまでお見合いの順番がまわってきたこともようやく納得。『前世』とか『生まれ変わった』とか、普通の神経だったらまず正気を疑います。
「興味深い、と言ったか?」
「ええ、この世界に生まれる前の記憶があるなんて、不思議なお話ではありません?」
しかし、私は王子様の正気を疑わない。咄嗟に疑うフリすらできなかった。
そう、殿下に告白するわけにはいかないけど、実は私にはいくらかのアドバンテージがある。動揺を見せることなく王子様のお話にあわせることができたのは、その恩恵だ。
ユージィン様は私の顔をまじまじと見つめてから小さく頷いた。
「不思議…そうだな、考えてみれば不思議な話だ」
「ユージィン殿下は、この国に生まれる前はどんな方でしたの?」
社交辞令半分、興味半分。
ここは適当に流すべきところなんだろうけど、好奇心を抑えきれない。王子様は面食らったような顔をしている。ああ、変な女と思われてるんだろうなあ。でもね、人のことは言えなくてよ、王子様。どっちにしたってこのお見合い自体消化試合みたいなものだし、処罰されるほどのご不興さえ買わなければ失うものは何もない。
無邪気を装った私の問いかけに、王子様は瞬きもせず数秒間沈黙した。青い瞳に懐かしむような色が滲んでいく。
「……俺は、前の人生ではこことは全く異なる文化の国に生きていた」
「異なる文化?」
「そうだ。何もかもが違った。小国が乱立し、互いに天下を競って争っていた。俺はそんな小国の領主の息子として生まれた」
「では、前世でもやっぱり王子様でしたのね」
「そんな良いものではない。油断すれば攻め滅ぼされそうな、小さな国だった。俺は俺の手ですべての戦乱を鎮め、あまたの国をひとつにまとめてやろうと、そう思っていた」
「まあ、ご立派です」
「そうだな。実際、我ながら良いところまで行ったと思う。天下統一まであと少しだった」
うーん、やっぱり王子様の前世は王子様なのか。
でもこれ、ホントかな?話が出来過ぎじゃない?ひょっとしてユージィン様の妄想って可能性もある。なまじこの国が平和だから、英雄に憧れて妄想が暴走しちゃったとか。どこの国でもどんな時代でも、夢と現実の区別がつかなくなっちゃうってイタイ話はあるからね。
判断がつかないので、私は王子様の話の続きを待って黙って頷いた。
「しかし、俺の野望は達成目前で裏切りにあった」
「裏切り?」
「そうだ」
王子様は真顔だ。真剣過ぎて、ちょっと怖い。
「都に向かう途中、奇襲にあって俺は殺された」
「ころされた?」
「そうだ。信頼していた家臣に裏切られ、攻められ、火を放たれ、天下を目前に死んだ」
「……」
あれ?
なんか、どっかで聞いたような話なんですけど。
天下統一寸前で部下に裏切られ、炎に巻かれて自死した偉大な英雄を私は知っている。
でも、でも、まさか、まさかだよね?
「……ユージィン様は、前世ではどんなお名前でしたの?」
またも軽率にそう尋ねると、金髪碧眼の王子様は今度こそ私の目を見て少し愉快そうに目を細めた。しまった、突っ込み過ぎた?ぶしつけすぎる質問だったかしら。
「お前、変わっているな」
王子様こそ、だいぶ変わっていらっしゃいますわ。
そう答えたかったけど、曖昧な笑みで受け流す。
「そうでしょうか?」
「ああ。前世の名前を聞いてきたのはお前がはじめてだ」
それはそうかもしれませんわね。普通は王子様の妄想を深追いしようとは思いませんもの。普通の『お嬢様』方だったらドン引き……っていうか、ついていけない話だろう。そんな私の心中にはおかまいなしに、ユージィン王子はその青い瞳にわずかな憂いの色を浮かべて言い放った。
「前世での俺の名はノブナガ」
「のぶ、なが…」
「そう、オダノブナガといった」
王子様の前世は織田信長。
話の流れでなんとなーく察してはいたものの、王子様の口からその名前が出た瞬間はリアルにひっくり返りそうになりました。どうにか平静を装って『不思議な響きですね』と控えめに返した自分を褒めてあげたい。ああ、今でも軽く眩暈がする。後半王子様とどんな話をしたのかあんまり覚えていない。まあ、ほぼほぼ王子様の前世話に終始していたけれど。きっと今まで話せる相手がいなかったんだろう、変わり者で尊大で気難しいと世間で評判の王子様は妙に機嫌よく饒舌だった。
それにしても…。
それにしても、ね。
まさか、王子様が、『お仲間』だなんて。
しかも王子様の『前世』は『織田信長』って。
なんだろうこの格差……!
そう、ぶっちゃけると私ことアリア・リラ・マテラフィも、実は前世の記憶を持っている。とはいえ、王子様のように強烈ではないし、有名人でもない。なんとなーく、現世とは違う世界に生きていたころの平和な記憶がある、そんな感じだ。はじめてそれを思い出したのは、まだ小さいころのことだった。お転婆だった私はある日お屋敷をこっそり抜け出して裏手の森に遊びに行き、お約束のように道に迷った。おまけに雨に降られ、さまよった挙句ようやく見つけた大きな樹の洞に潜り込んで眠ってしまった。その時、はじめて前世の夢をみた。どこかの国、どこかの施設。並べられた机と椅子。同じ服を来た少年少女。今ならわかる、あれは学校だ。学校の夢を、私は見たのだ。
無事に助けだされた私は、その後同じ世界の夢を何度も見るようになった。ほとんどが学校の夢だ。鮮明ではないけれど、仲の良い友達や、ちょっと好きだった斜め前の男の子との断片的な会話があまりにリアルで、時々どちらが夢なのかと混乱することすらあった。
夢の中の私は『ヒナ』と呼ばれている。フルネームはわからない。
たぶん、平和な国の平和な時代に育った、どこにでもいるごく普通の女の子。
それが『前世の私』の全てだった。
私がここにいるんだから、この国のどこかに他にも『前世』持ちがいるかもしれない。そんな想像をしてみたことはあったけど、家族にすらこの秘密を話したことは無い。だって、確実に頭がおかしくなったと思われそうだもの。別にお仲間がいなくて困るってものでもないし。
そう思って平凡な田舎貴族の娘として生きてきたというのに、それなのに!
王子様が、まさかの前世持ち。
しかも元・織田信長……織田信長だよ?
第六天魔王だよ?
マジですか!?
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