みさざき きょう 3
画面内で多くのフェローズが蠢いている。
30体まで数えたところでそれ以上数えるのをやめたが、まぁとにかくいっぱいである。
種類も一つではなくおれが見た事あるのもいたが、あまり見慣れていないのもいた。
様々な色と形のフェローズが夜の闇の中に浮かんで規則性のあるようなないような動きを繰り返していてまるで無秩序なイルミネーションの中に放り込まれたよう。
おれはカメラを回してそれらの全てを捉えようとする。
「今日は消して回ったりしないの? そいつらをさ」そんなおれの様子を見て三佐崎喬は言う。
「んー? 今日は撮るだけにしとこうと思う。よく考えたらこいつら勝手に消えるし。わざわざ消してくのも労力の無駄かと」この間初めてショートスポットに来た時は普段の普通の調査と同じような段取りで撮影と除去をセットでやったのだった。というかこの数だと途中で除去装置の電池がきれるかもしれない。ちゃんと充電してこなかったし。
「ふーん…ま、私としてはどっちでもいいんだけど。で、どうなの? そのカンリカン? って人の反応はよかった? 特別扱いしてもらえそう?」
この間、宜保さんの反応はどうだったのか聞いているのだろう。この間、初めていったショートスポットに関するデータを見せた時の反応を。
「やっぱりすぐにはOkはもらえなかったよ。 ただ反応は悪くなかったし、これからもこうやってショートスポットのデータを提出していくつもり|
「そう。ならまだ私とアンタのケイヤクは続くのね」
「まぁそうだね。そうしてもらうと助かるよおれとしても」
契約。おれと彼女との間の契約、取り決め。
それから三十分もしないうちに大勢いたフェローズたちは全て姿を消した。
ショートスポットは消失したのだ。
しかし消えてしまってからこう思うのもなんだがやっぱりちゃんと除去しておくべきだったかもしれない。消えるには消えたが別に見えなくなっただけでまたどこかから出てくるのかも知れないし。もう手遅れだけど。
フェローズ達が消えてあたりは元の夜の闇だけの世界に戻る。まぁ肉眼ではずっとそう見えているのだが。
「終わったみたいね。じゃ、私は今度こそ帰るから」三佐崎喬はふい、と後ろを向いて歩き出した。
「また次は新しい場所を連絡するわ」
「あ、三佐崎さん」
「なに?」
「いや、流石に送ってこうかと…時間も時間だし」この川辺に来てからまだそう経ってはいないがなにせ元々遅い時間帯だったのだ。前回も遅かったがあそこは彼女の家から近かったそうだし。
「いいよ。余計な気使わなくて」
「余計な気って…一応危ないと思って言ってるんだけど」
「うるさいなぁ…大体あんた一人いたところで大して安全にもならないでしょ」
うーんこの言いよう。こいつ絶対友達いないだろ。
「あ、一応今日迎えが来る予定だからさ。だからホントいいって」
「迎え?」なんだ家族でも呼んでるのか? でも彼女の事情を考えればそれも妙な気もするが。
がさがさ。
その時ちょうどそんな音がおれの後ろで鳴った。川辺の草木が鳴る音。
「ん? なんだこの音…ってうお!」
通った! 今なんか足の間を通った! なんか既視感の有る感触…いやさっきだ! さっきと同じだ! 川沿いの道を歩いてた時と! なんか柔らかい生き物的な感触が足と足の間に!
「あらあらあらこれはこれは」と狼狽してると今度はそう声を掛けられた。正面から。
「へ?」
「どうも~初めまして」三佐崎喬の隣にいつの間にかなにかいる。
小さい…日本人形が。綺麗に切り揃えられたパッツンの前髪、柄の入った朱色の着物…いやいや人形にしてはデカすぎる、人間としては小さいだろうが。だから日本人形のような恰好をした女の人がそこにいるのだ。
「喬お嬢様がお世話になっているようで…いつもありがとうがざいます」そう言ってにっこりと微笑む。
「は、はぁ…お世話になっているなんてそんな、そもそも知り合ってまだそんな日にちも……ってそんなことはどうでもよく――…えっとあなたは一体……?」この突然現れた存在におれは当然の疑問をぶつける。
「おやおやこれは失礼しました。ご挨拶が遅れまして。わたくし霞と申します。喬お嬢様の身の回りの世話をさせてもらっている奉公人でございます」霞と名乗ったその人はおれに向かい深々と頭を下げた。本当に小さい…背の低い人だ。礼をしたままだと余計にそう見える。
ゆっくりと彼女は頭を上げる。
「えっと…あ、こちらこそどうも……初めまして白戸、進平です」霞という人より遥かに簡単にさっと頭を下げて自己紹介した。
「いやいやいやそれにしても……最近お付き合いを始めたご友人がいらっしゃると聞いたのに男か女か人間なのかもお教えして頂けないからどのような方と思って着てみればこんな二枚目だったとは思いませんでしたわ。もうっお嬢様も隅に置けませんわね」おほほほほと着物の裾を口に当てて雅に笑う。くだらないこと言ってんじゃないわよそもそも誰が御友人だっつーの、と冷めた調子で三佐崎喬はそれを見て言う。
「えー…霞、さん? でいいんですかね…?」さん、と付けたが果たして彼女がおれより年上なのか自信がもてない。体の大きさ的には女子小学生レベル、それも低学年。顔つきもそれに従い幼い。精々外見的には中学生が限度だろうが…しかし物言いや仕草はどこか時代がかっていてとても未成年とは思えない。しかし初対面の女性に年齢を尋ねるのもよくないだろうというマナーくらいはおれにもあるので取りあえずは失礼のないようにこっちも敬語で。
「はい、何でございましょう」裾を口元から話両手を下腹部の前で重ね少し腰を曲げて軽く頭を下げて礼儀正しい姿勢となる霞さん。旅館の女将みたい。こういうのを見るとやはりおれより歳が下には見えない。
「霞さんもご存じなんでしょうか? おれと三佐崎さんの間の…」契約、について。
「いえいえ、わたくしのような立場の人間からすれば主人の逢瀬がどのようであるかなどは全くあずかりしらぬこと。例え目の前でなにをなさろうとも一切知らぬ存ぜぬ見ざる聞かざるの所存でございますゆえ。どうぞお気になさらず」
「は、はぁ…そうですか」取りあえず知らない、ということでいいんだろうかこの反応は」
「いかがわしー事してるみたいな言い方してんじゃないよ、ったくほら帰るよ霞」三佐崎喬は一人で歩き出す。
「あ、お持ちくださいよお嬢様~。 申し訳ありません白戸さま主人がああ申しておりますので今日のところはこのあたりで失礼させていただきます」
ではまた機会があれば二人で話でも……と言って彼女の主人についていった霞さん。
「あ、ちょっと…」結局向かいに来たと言ってもあの人だけみたいだし…女子二人…もとい女子一人と女性一人で行かせていいものかと思ったが二人はすぐに夜の闇の中へと消えていく。去っていく音も聞こえず本当に急に消えたみたいに気配を感じなくなった。
川辺にぽつんと一人おれは取り残される。
三佐崎喬はどういう訳かは教えてくれないがショートスポットの場所が分かるらしい。
おれは彼女に場所を教えてもらいフェローズのデータを集める。
その代わりにおれは彼女のあるお願いを聞くのが『契約』の内容。
あの少女との奇妙な関係はそんな取り決めを行ったことに起因する。
デイドリームネイション 吉田X @yosida-x
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