みさざき きょう 1
おれはこの間あった少女のことを思い出していた。
あの日、ショートスポットを発見したあの日に出会ったあの子のことを。
今日また会う事となっているあの少女。
深夜。
まだ夜になると肌寒い季節だ。おれは薄手のカーディガンを羽織りマンションを出る。
自転車に乗って住宅街から二車線の県道に入る。真っすぐ進んで見えてくる十字路を右に曲がり四車線の太い国道に今度は入る。この時間帯ということもあり車も時々通るトラック位の中、道路の脇を通りながら下っていくとやがて田んぼの並ぶ田園地帯が見えてきて、その中へと進んでいく。田んぼと田んぼの間の道路をいくつかのコーナーを曲がりながら通り、最後に反り上がっている坂道を登ったらそこが今日の目的地だ。
川。
市内を分断するそれなりの長さと大きさのある河川。
その川沿いの付近におれは到着していた。
鉄骨の青い掛に囲われた橋のそばまでおれは自転車を漕ぎ、橋の入り口を右に曲がり川沿いを延々と伸びていく細い道に入ったところでおれは自転車を漕ぐ足を止める。
この川沿いの道は舗装が途中で終わっていてそこから先は砂利道が続いていた。自転車で進んでいくにはちょっとつらい。
砂利道と塗装された道路の間に自転車を停めた。こんな時間にいらない心配だろうが、一応邪魔にならないように道の端に。
おれは徒歩で川沿いの道をいく。
暗い。
川沿いの道に灯りはなく、川の傍の住宅街から漏れる光や橋付近の電灯からの光だけを頼りにおれは暗い夜道を歩いているがそろそろ視界的に限界である。場所が場所だけに足を滑らすと危険だし。
おれはポケットからスマホを出して灯り替わりにしようとする。
スマホの画面に表示されてる今の時刻が目に入る。
もう深夜といってよかった。まったく今日は平日で明日は学校もあるというのに。
あの女め。変な時間を指定しやがって。
スマホのライトでは大した灯りにもならない。足元を少し照らすだけだ。懐中電灯でも持って来ればよかったかな。家に置いてあるのか知らんけど。それでも何もないよりはマシなのでそのまま前進していく。
しかし、なんだ――こうやって夜道を僅かな灯りだけで歩いていると妙な気分になってくる。妙と言うか、気味が悪くなってくるというか…流石にそんなの信じる歳ではないが、なんというか、なにか出てきそう、というか。
この暗闇の先になにか潜んでそう、というか。
って、うお!
なんか今通った! 今足の間をなんか通ったぞ!
「な、なんだぁ?」急に激しくなった動悸と共に周囲の砂利道を照らす。
な、なにもいないよな…?
気のせいか? いやでも何かが今確かに足の間を通ったぞ。踝になにかが当たって通り過ぎていく感触があった、なにか柔らかくてちょうっと生暖かいものが……なんだ? 光に釣られて猫でも飛び出して来たのか? 危うく高二にもなって恥ずかしい悲鳴をあげちゃうところだったぞ
「ねぇ」
「うひゃあっ!」今度ははっきりと恥ずかしい悲鳴を上げてしまった。こんな状況でいきなり背後から声を掛けられたのだから仕方がないね。
慌てて後ろを振り向く。
「なに一人で盛り上がってんの? さっきから」
冷めた目で俺を見る一人の少女――おれをこんな時間にこんな場所に呼び出した張本人の姿がそこにはあった。
「あんたさー橋の近くで待ってって私言ったよねこの間? なに勝手に一人でずんずん進んでんのよ」唇を尖らせて不機嫌そうに言う少女…女子。おれと同い年くらいの女子。
「ああ、ごめん…姿が見えなかったからさ。先に歩いていったのかと」
「たく、余計な世話かけさせないでよね。こっちだって暇じゃないんだからさ」
「……」ならそもそも平日のこんな深夜に呼び出さなきゃいいのでは、とは思ったが口には出さない。出すとこの子はうるさそうだ。
切れ目の長い瞳、ツンと尖った鼻先、真一文字に結ばれた口元…スマホのライトが気の強そうな顔を照らしだす。
あとこの間と同じように黒い革ジャンを彼女は羽織っている。女物としては少しサイズの大きい、元は高級そうだが若干着古した感も漂う革ジャン。
「じゃ、さっさと行くわよ」そう言ってライトの灯りの範囲から離れていく少女。
「あ、待ってよ三佐崎さん」
三佐崎 喬。
みさざき、きょう。それがこの間教えてもらったこの子の名前である。
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