まぼろしのくに 5

「でまぁ、メールの件なんだけどさ」

おれと宜保さんは支部の事務兼実験室を出て、大学構内のカフェへと入っていた。

テラス席で向かい合って座りおれが今日ここにきた要件について話を続けている。

「結論から言わしてもらうとまぁ厳しいと思うよ? 調査範囲を広げたいって話だけどさ」

「厳しいですか」おれはさっき宜保さんにおごってもらったカフェラテを一口飲む。

「うん」宜保さんは注文したアイスティに口をつける。彼女はコーヒーは嫌いだそうだ。

「基本調査範囲無視して動けるのは委員会が認めた正式な調査員だけだよ。知ってるでしょ? ボランティアの皆さんには無理だよ」

委員会が人員の不足を補うためにフェローズ除去活動にボランティアの募集を始めたのは除去するだけなら専用の機材さえあれば特に知識のない素人でも簡単に行えるからである。先日おれたちがそうしていたように。あの特殊なビデオカメラと光線銃のような除去装置を使えば小学生にだってきっと簡単さ。そしてボランティアに参加するのはおれのような学生が多かった。時間の都合がつく人間が多いし。

「ボランティアの人たちの調査範囲を制限してるのはさー、そっちの方が効率がいいってのもあるからさ。ほら、漫然とこの地域内を探索させるよりも決まった範囲をさせる方が場所も決めやすいでしょ? あとはデータ収集的なとこもある…スポット内の分布も分かり易いしね」

「まぁその辺の事情はボランティアに参加する前に散々聞かされたから分かっているつもりですけど…」

地域内でフェローズの発生が特に多いエリアを『スポット』と委員会では呼称していて、除去活動は主にそのスポット周辺の場所で行われる。委員会はボランティアの除去活動と同時に発生データも収集させ、フェローズの発生のタイミングや場所による種類の違いなどの情報を集積していく…という目的でスポット内を探索させている。

「で、複数のスポットを又にかける専門の調査員はさ、単に除去だけが目的で行動してるんじゃないんだよ」

「それも、分かってますが」

調査員達が主に携わっている業務は未知のフェローズの発見と捕獲、である。新種のフェローズを見つけることが彼らの主な役割だ。

そもそも委員会の存在理由は単にフェローズを除去することだけではなく、その存在の謎を解明することにある。そのためにフェローズを捕らえて研究することを委員会は発足当初から行ってきた。現在ではかなりの種類を捕らえてその特徴なども調べられてはいるがまだまだ全容解明にはほど遠いのが現状で、その現状を打破するために調査員達は新種、特にフェローズの存在に対して『決定的な』秘密を握った種の発見を急いでいる。ゆえに彼らは発生地域の全体にその網を張っている。彼らが使用している機材もボランティアが使用しているものとは段違いに高性能なのだそうで、同時に扱うにもそれなりの知識が必要な代物らしい。

おれは支部に置かれたモニターに映るフェローズの姿を思い浮かべる。あれらは調査員たちが『どうにかして』手に入れたものたちの姿だった。

「分かってるなら話は早いねー、短い人生無駄なことはなるべく省いてさっさと納得しましょう」じゃ、私はこれでね。とカップのアイスティをぐいっと飲み干して席を立とうとする。

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」おれは両手を広げその動きを押し留める

「なーにさ?」ダルそうに半目でこちらを見てくる。

「これ持って来たんですよこれ、ほらカメラ」おれは持参しているバックからビデオカメラを取り出した。委員会から貸し出されているフェローズの姿を捉えるための特殊な。

「この間とったデーター見てもらいたくて」

除去活動の時にフェローズの姿を見るためにビデオカメラを使うが、その時同時に録画も行われる仕組みとなっていて、基本的に一度活動を終えた際に一回担当の管理官にそのデータを見せる必要がある。

「そんなの別にネットで送ればいいのに」ビデオカメラはネットに接続させることができ中のデータを委員会のデータベースにアップロードすることが可能だった。

「まぁでも直接見てもらいたかったんですよ。宜保さんにもおもしろがってもらえると思って」俺はそう言ってカメラを手渡した。

「ふぅーん? そこまで言うなら見てみるけどさ」受け取ったカメラを備え付けのUSBケーブルで自分のスマホにつなげて宜保さんはデータを閲覧する。おれたちが集めたフェローズに関するデータを。その中には……。

「へぇ、おもしろいじゃない」カメラを受け取った後少し間を空けて、宜保さんは口角を上げてそう言った。

「ショートスポットを見つけたのね、キミ達のグループは」


フェローズが多数発生するスポットは大体場所が決まっている。除去のボランティアなり調査員なりはその周辺で活動することにあんる訳だが、それ以外にもごく小さい範囲にフェーロズが突発的に発生することがありその場所を『ショートスポット』と呼ぶ。

ショートスポットは普通のスポットと違い場所が決まっていない。

毎回異なる場所に毎回異なる時間で発生する。

そのため、委員会の調査員でも正確な場所が分からずあまり探査は進んでいない。

そのショートスポットの映像のデータがおれたちのグループが借りていたカメラには撮られていた。

「へぇ、おもいしろいね。うん、おもしろい。いつのまにこんなのを撮ってたんだねー。…撮ったのは昨日の深夜かなこの映像のレコード見ると。未成年が出歩くよーな時間じゃないけど、まぁこの際それは無視しましょう」

「ええ、そうですね。…昨日行きました、グループのみんなと」おれは嘘をついた。小さな嘘だがそれでも何か緊張を覚える。

「私もショートスポットの映像は一度しか見たことないけど、やはりかなり雑多な種類が発生するみたいね」

「ええ、おれ達としても全部チェックで出来なくて。もしかしたら新種も出るかもしれないから除去はしませんでした」結局のところショートスポット自体は一時間ほどで消えてしまうのだが。

「なるほど……で、これを元にキミは探査範囲を広げたるための交渉材料にしたいってことだね」

「ええ、そうです。……できますかね?」

うーん、と空のカップを指で転がす宜保さん。

「ま、一応一回上の方と話してみるよ。で、一つ聞きたいんだけど」

「はい?」

「ここ、どうやって見つけたの?」

「それは…」

それは当然出るべき質問である突発的に発生するショートスポットの場所を発見することは委員会でも困難なのはさっきいった通り。

「それは偶然ですよ、完全に偶然です。遊びのつもりでビデオカメラを回していたら偶然見つけたんです」

「偶然ねぇ…ま、いいでしょ。じゃカメラのデータだけ移させてもらって返すわね。委員会からなにかよさげな反応があったらまたメールするからメンバーのみんなにはそう言っといて」

「分かりました」みんなにはまた小さな嘘をつく必要がありそうだった。今さっき宜保さんに付いたように。

「でもさこれなら別にデータだけネットで送ってメールくれればよかったじゃんわざわざこっちこなくてよかったでしょ」

「え? いや、まぁーそれは直接会った方が誠意が伝わるかなって」

久しぶりに宜保さんに会いたかった…とは流石に口に出しては言えない。

「でさ、最後の最後にもう一つ」

「はい?」

「急に熱心にフェロ―ズ対策に関わりたくなったみたいだけど、それはどうして? いや、別に今までもボランティアとしては熱心だったと思うけどさ」

ボランティアの多くは学生でその参加の主な目的は単純に社会貢献がしたいといったものか内申をよくしたい、就職活動に使えるような実績が欲しいといったものがほとんどだ。

おれたちの中で言えばマコトくんが前者でユートやハナさんが後者だろう。

 そういった参加動機から考えれば今おれが頼んでいるような範囲外への探査の志望はまるで本格的なフェローズ調査に関わりたいといったもので、一般的な学生の考え方からは逸脱しているかもしれない。

 「それは、宜保さんと同じですよ」おれはカップを握る手に少し力を入れる。

 「おれもフェローズに興味があるんですよ、すごくね」

 その言葉は嘘ではなかった。

 おれはその後宜保さんと共に支部に戻り彼女が支部のコンピューターにデータを映し終えたビデオカメラを渡してもらい支部から出て、大学から家に帰った。

 家に帰る途中、支部のモニターに映るあいつらの姿を思い出す。

 フェローズの発生の出自については今のところ大きく分けて二つのものがある。

 一つはフェローズが元々この世界に存在しそれが現在の情報技術により発展した通信等の電波を媒体にしその存在が増幅したのではではないかとう説でこちらが大多数の研究者に支持されている。

 もう一つの方ははかなり眉唾ものというかほとんどオカルト扱いされている説だ。

 それはフェローズがこの世界とは別の世界から来たのではないかというものだ。

 別の世界。異世界。

 確かにオカルト扱いされても仕方のない暴論ではあるだろう。

 でももしそんな世界があるのなら……

 胡乱な存在の彼らの故郷は。  

不定形で不安定、あるのかないのか分からない。

そこはきっと、まぼろしのくに。

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