まぼろしのくに 2

『フェローズ』

 その存在がこの街に現れて七年が経つ。

 委員会から配布されている特殊な技術を使われたカメラ、細かい理屈は知らないが対象の電磁波を探知できるとかいうモノに映し出されたのは一体だ。肉眼では見ることのできないその姿がカメラの画面に映っている

 相変わらずこいつら特有の名状しがたい形状をしている。

 なんというか…細い光の線が複雑な構図で折れ曲がり結びついている。こういうのを幾何学的?な形というのだろうか。まるで光線が針金細工のように編まれている。

 ――ウイルスの模式図に似てる。

宜保さんはそう言ってたっけか。

黄緑色の光線がダイスの様な頭、円柱に近い形の胴体、そこから伸びるアメンボのような細長い六本の脚。まぁこいつらは生き物かどうかもよく分からないので頭も胴体もないかもしれないが、とにかくおれの目からはそのように見える一体のフェローズだ。

 「タイプファージ…色が黄緑だから…02、だね。タイプファージの02発見、と」マコト君が手に持ったタブレットを操作する。

 このタブレットもビデオカメラと同じで委員会から配布されたもので、色々と機能が付いているのだが、発見したフェローズのデータを記録しておくアプリが入っているのだ。

 「おぉ、見っけた。…あれでもこいつなんか一回見たことあるくない?」

 ハナさんが画面をのぞき込んで言う。

 「うん。一番多いタイプの一つだし。一回どころかもう何度も見かけてるでしょ」マコト君が軽く突っ込む。

 「やっぱ場所が同じだと同じタイプがでるのかね。で、こいつも消しとくんだろ? おい、シンへ―」カメラを対象に向けながら首だけ振り向くユート。

 「はいはいっと」おれは手に持っていたアルミのアタッシュケースを地面に置いた。

 このケースもビデオカメラやタブレットと同じで委員会から配布されているものである。

 ロックを外しケースを開く。ケースの中のスポンジに収まっているのは白色の細長い器具だ。それを取り出す。大きさは二十センチに満たないほどで表面をプラスチックに覆われている。その横に長方形のバッテリー。ケースにはもう一つ器具の部品があってそれも取り出す。長方形のグリップ。拳銃のようなトリガーが設置されているもの。グリップを器具の後方に取り付ける。バッテリーも器具の後ろのカバーを外して装着する。器具の先端はチューリップの花弁のように閉じていて、それを傘を開くみたいに後ろから押し込んで開く。先端は白い皿に似た形状のアンテナとなっているのだ。

 器具は全体として細長い棒状の部分から後方にトリガー付きのグリップと先端にアンテナがついた形。まるで陳腐な子供向けアニメに出てくる光線銃だが、これがあいつらに、フェローズに対抗するための需要な武器なのだ。

 おれは組み立てた器具をフェローズに向けた。

 おれの横に立つユートの持つカメラの画面を見ながら狙いを定める。肉眼で見るとアンテナの先が何もない道路の上を向いていてちょっと変な感じだ。

 「じゃ、撃つよ」

 短くそう言っておれはトリガーを引いた。アンテナの左端についている小さな丸いランプが赤く光り、ピィー、という高い音が器具から鳴り始めた。

 この高音は器具…装置から電波が放たれたという印である。妨害のための電波が。

 トリガーを引いたまま十秒ほど経つ。

 「お、そろそろ消え始めたぜ」ユートがそう言う。

 首を傾けてカメラの画面を見ると確かにフェローズの姿が揺らぎ始めていた。

 幾何学のボディが徐々に震え、ほぐれた糸のようになって光線が薄くなってゆく。

 そしてフェローズは消失した。もう肉眼でもカメラ越しにも見えなかった。

 これがこの光線銃みたいな形をした装置の効果である。フェローズを消す、というのが。

 フェローズはいくつかの異なる周波数の電磁波の結合体である。そのフェローズの『体』に近い波長を再現した強い電波を放ち打ち消す。

 つまりは一種のジャミング、電波妨害と同じことをしているのがこの装置なのだ。

 「よっしゃ、一丁あがりっと」ハナさんが手を叩いて喜ぶ。

 「やったねシンへ―くん」カヤちゃんがそう言っておれに微笑む。

 「まぁただトリガー押すだけの簡単な仕事だよ」おれは肩をすくめてみせる。

 「しかしまたわらわらと沸いてきてんのな。先週消して回ったばっかりなのになぁ」

 ユートはビデオカメラを持ちながら周囲を見渡す。カメラの画面が街中の景色を映し、その中のところどころ…電柱の下、ブロック塀の傍、住居と住居の間のスペース、用水路の中、道路の上の空中…などなどにいる何体ものフェローズの姿も一緒に映していた。

 今消したのと同じ形のもいるが違う形のもいた。しかしどれも今までの活動で見たことのある種類のモノだけである。やはりこの辺りにはまだ未見の種類のモノはいないのかも知れなかった。

 「とりあえずまたこの辺りのだけ消しておこうか」マコト君の言葉にみんな同意して、とりあえず周囲のフェローズ達を消して回っていくこととなった。


七年前フェローズはおれ達の前に突如としてその姿を現した。

 いや…正確に言うなら俺たちからは突如その姿が確認できるようになったというべきか。

 最初の一体、公式上初めてフェローズが発見された時点で既にあいつらはここにいたのだ。

 その発見より数か月前、この街を含むいくつかの地方都市で局地的な電波障害が頻発し始めた。当初は民間の企業が調査を開始していたが原因を突き止めることは出来なかった。

 テレビやラジオ、公共交通機関で利用される無線機、スマホの通信状況にまず影響が出て、その後インターネット、電子機器、電気機器にも悪影響が出始めた。影響の出た機器のなかには病院で使われている医療機器も含まれていたので、事態を重く見た政府の介入が始まった。国土交通省に専門の調査委員会が組織され大学の研究者も含む調査委員による本格的な真相究明が行われることとなったのだ。

 そして委員会は調査を進めていった結果フェローズを発見することとなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る