第4話 狙い目の新人賞は罠

「先生! 未熟ながらも、完成しました! 私の小説!」


「うむ、未熟なのは構わん! 所詮は新人賞、ぶっちゃけると……、文章力はさほど問われない! なぜなら、そんなものは書いてる内に上達するからな!」


「それはそれでどうなんですか!?」


「事実だ! いいか、最も上達する術とは、プロになることなのだ! プロになり、編集から無茶振りを受けながらも書き続ける! それが最も上達するのだ!」


「はあ……。だから、新人賞で文章力とかは重要視されないってことですか?」


「あって困るものではないがな……。いや、正直いまの売れっ子もデビュー当時は本当に下手くそで……」


「敵を作りそうなのは言わんでください! それよりも、ほら、新人賞、どこに出せばいいか相談に乗ってくださいよ」


「よかろう。候補はあるのか?」


「そうですね、ここは一つ、この新興レーベルを……」


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


「うわあ! うるさい!」


「やめろ! 新興レーベルはやめるんだ! マジでやめろ!」


「な、なんなんですか!? なんでそんな、血涙を流してまで……」


「血涙どころか吐血もする! いいか、これは重要だ! 肝に銘じろ!」


「は、はい、どうぞ」





         「新興レーベルは潰れる可能性がある!!」





「先生! 風評被害になりそうなんですけど!?」


「やかましい! いいか、新興レーベルなんてなあ、ろくなもんじゃないんだよ。ノウハウもない、資金もない、部数も少ない、ダメダメダメの、ダメダメだ!」


「い、言い過ぎでは!?」


「言い過ぎではない! いいか、一部の賢い作家や編集がこんなことを言うかもしれんが絶対に耳を貸すなよ!」


「ど、どんなことですか!?」


「いいものならば売れる!!」


「いいものならば売れる!?」


「機会は平等!!」


「機会は平等!?」





        「んなわけねえええええだろおおおがあああああああ!!」






「先生! 落ち着いて! 落ち着いてください!」


「いいか! 助手よ、これは全部間違いだ! 嘘だ! 大嘘だ!」


「で、では、では一つずつ……」


「一つずつな、ああ、一つずつ。まずなあ、いいものならば売れる!」


「いいものならば売れる!」


「売れねえよ!」


「売れないんですか!?」


「当たり前だ! 全部書き下ろしの作品で、どうやっていいものか悪いものか見分けられるんだ!

 昔のように本を読むのが最大勢力の娯楽であれば口コミもあったがな、いまは無理だ!! 不可能だよ!! だったら名前を変えて一人で売ってみろ!!」


「ど、どうどう、先生、落ち着いて。ええと、じゃあ次の、機会は平等……」


「平等じゃねえ!!」


「平等じゃないんですか!? だって、その、書店に並ぶじゃないですか!!」


「並ぶ?」


「ええ、同じ棚に、一緒に。人気作でも新人の作品でも、一緒に………」


「並ばないんだなこれが!!」


「うえっ!?」


「いいか!! 書店へ配本というのがされる!! 人気作ならずらりと!! 中堅であれば棚に刺さる!! しかし、新人であれば――弱小の新興レーベルなら――」


「……なら?」


「配本されないのだ!!」


「はあああああああ!?」


「当たり前だ!! 部数がちがう!! 物理的に足りないんだよ!! 弱小レーベルの無名の小説は棚に入ってもほんのちょっと、一冊か二冊、すぐさま返本される!! 人気作とでは、そもそも売られている期間がちがう!! 並ばない店も出てくる!! 機会は平等!? そんなわけねえだろうが!!」


「なんて、なんて理不尽な……」


「理不尽だ!! 部数がないから本屋に並ばない、仮に評価がよくっても店にないならほとんどの人間が手に取れない、売れなかったという結果が積みあがっていって次回作からさらに部数が減って、さらに売れなくなる!! クソサイクルだ!!」


「う、う、う、売ろうとしたらいいじゃないですか!! これはいいものだから!! 社が一丸となって!!」


「売れないやつを売り出すより、売れてるやつをもっと売り出すほうが楽だ!! そんでもっておいしいんだ!!」


「なんとか、ならないんですか……。なんとか!」


「ならない! 出版社に余力がたっぷりあれば話は変わるだろうが、厳しい! 業界自身のせいじゃねって話もあるが、とにかく作家個人の力ではどうにもならん!

 一回、出版業界が滅んで、そこから新たに平等で斬新なシステムを造り上げるしかないのだ!」


「どんどん作家になるのがつらくなるんですけど!?」


「つらいんだよ作家なんてのは!!」


「つらい、ですか」


「つらい!! 受賞したところで生き残るのは三割って言われてるが、実感として一割もない!! そして生き残った一割も、十年、二十年先に生きているかは謎だ! 死んでいてもおかしくない!」


「む、無茶な、無茶苦茶な……」


「ほとんどの人間が、俺は大丈夫。俺はめっちゃ売れると信じていただろう。しかし、容赦なく、消えていく。せめて、せめてだ。大手レーベルの新人賞をねらえ。新興だとか、ここは応募人数が少ないとか、そんなのはやめておけ。そのレーベルで書いてるほかの作家と同様に、死ぬだけだ」


「……せ、せめて見分け方とかないんですか? 見分け方。ここに応募したらいいんじゃないか、とか」


「いくつかある。そうだな、HPが見やすいこと」


「HPが見やすい……」


「応募者や、作品についた読者が訪問することを意識しているという証拠だからな。あとは、SNSでよく自社の作品を宣伝しているところ。発売告知とかではないぞ。編集者か広報か、とにかく何度も呟き続けているところだ。作品の感想をRTで回してたりとかもありだ」


「ふーんむ。至って当然なことだし、さして難しいことでも金のかかることでもないですね。みんなやってるんじゃないんですか?」


「やってないから一々言ってるんだ……」


「……どうして声が小さくなってんですか、先生」


「気にするな。あとは、やはり大手だな。新人の作品が五巻以上続いてたら大したもんだ。なにせ、だいたい三巻が目安だからな」


「えっ、たった三巻が目安なんですか!?」


「新人賞でもな。そうでもなければ一巻か二巻で終わりだ。毎年デビューした新人で、ぽこぽこ五巻以上、七巻、そしてアニメ化になるような作家がいたら、いいところだろう。レーベルで売れないという不安要素が消えるわけだからな」


「……つまり、そこで売れなかったらレーベルのせいではなく作品のせいに……」


「いいや、選んだ編集のせいだ。そんくらい図太い神経をしておけ。でないと、ストレスで死んでしまうからな」


「なんだか、嫌な話ばっかしですね、先生」


「作家ってのはそういうもんだ。はい、終わり」

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