シークエンス8 帆綱 拓馬の実生活3

小休憩をはさみ、オレは言葉さんの授業の資料等を準備し該当教室に向かう。

授業開始2分前ではあるが、学生の数はまばらだ。

数値さんが言っていたように、言葉さんの授業は単位習得が難しいというのは本当だろう。

本当に興味がある学生、または、言葉さんを視界に入れようと必死な男子学生しかいない……ような気がする。

といっても、部屋がガラガラというわけではない。

今も少しずつ学生が部屋に入ってきており、あくまで数値さんの授業より少ないという相対的な比較でしかない。


チャイムが鳴る。


「それでは講義を開始します。」


チャイムが鳴り終え一呼吸をおいたあと、凛とした声で言葉さんが話し始める。


「今回のテーマは〝量子力学と平行世界〟についてです。」


言葉さんの授業は文系寄りではあるが、理系的思考を求められるもの。

医学には直接は関係ないが、考え方を鍛える講義であることは間違いない。


「量子力学と聞いて皆さんは何を思い浮かべますでしょうか。『わかりにくい』?『シュレディンガーの猫』?『スリット実験』?」


話しながらぐるりと教室を見渡す言葉さん。


「おそらく全てわかりにくい分野です。しかし、考え方自体はとても大切なもの。しっかりと理解を深めていただきたいと思います。」


言葉さんの発言に重みが増す。

時間軸という平行世界上に現れる化物と戦っていく上では必要な知識なのだろう。


「私達の存在するこの世界は、未知の事だらけです。量子テレポーテーションや、宇宙の外側、ニュートリノ、波動関数、ホーキング放射などなど。しかし、私達が存在していることは確かですし、こうやって情報を記憶していることも確かです。」


段々と用語が難しくなってくる。


「では、私達の情報はどうなっているのでしょうか?」


言葉さんがチョークを持ち、黒板に書き始める。


「全ての物質、私達を含めて物質の構成物は『素粒子』です。正確に言うと、素粒子の並びで構成される物質が変わってきます。この素粒子をある法則で並べれば石になりますし、別の法則で並べればリスやダイアモンドになります。要は、この素粒子の集まりが物体なのです。」


言葉さん、絵、普通にうまいな……


「例えば紙を燃やします。すると、紙は灰になり、灰は紙に戻りません。しかし、量子力学的にいれば素粒子の情報、つまり、並び順は消えることがないとされています。これはどういうことかというと、灰の状態の素粒子の順番を並び替えれれば、元の紙の状態に戻せるということです」


そんな感じで授業が進んでいく。


………………………

……………

………


授業の終わりのチャイムが鳴り響く。


「では、今日はここまでとします。疑問点などありましたら、次の授業までに質問に来てくださいね。」


まとめのプリントを受け取った学生がどんどん部屋から出ていく。


「言葉さん、授業面白いですね」


余ったプリントを回収しながら、黒板を消している言葉さんに話しかける。


「本当?ありがとう!」


言葉さんはちょっとうれしそうにする。


「内容はオレにはちょっとむずかしいけど……それでもわかりやすく噛み砕いて解説してくれるし、横で聞き入ってるよ」


「そう言ってくれると嬉しいな。拓馬くんもテスト受けてみる?」


「え、あー……それは遠慮かな?」


「えー……せっかくだし、受けてみるだけ受けてみようよ?」


なんて会話をしていると、すごく視線を感じ振り向く、

そこには男子学生が数名立っていた。苛立った顔で。


「いいっすか?質問あるんすけど?」


男子学生はオレにがんを飛ばす。


「あ、質問ですね。では教卓の方で聞きますね。」


オレのときとは違い、言葉さんは先生モードに変わる。

それが更に気に食わないのか、男子学生はオレを再度睨んだ。


なるほど、授業に興味がある学生だけではなく、言葉さんとお近づきになりたい男子学生もこの教室にはいるわけだ。

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Singularity 水波形 @suihakei

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