シークエンス2 シンギュラリティー1

「――っ!?」


意識が覚醒し、跳ね起きる。

心臓はバクバクと鳴り、呼吸は乱れていた。

悪夢を見たのだ。


「……あ~……しっかし、妙にリアルだったな……痛みとか」


辺りは真っ暗。

まだ夜のようだ。

悪夢で切り裂かれた脇腹を触っても特に痛みは感じない。


「…………ん?」


感じはしないが違和感があった。

何か巻いてある。


「…………腹巻きなんて……持ってないよな?」


手探りでライトのスイッチを探すが、どうにも見つからない。


「ん~……?いっつもこの辺に置いてるのに……リモコン……」


ガサガサと探していると、ノックの音が聞こえる。

そして


「――え?誰!?」


扉から現れたのは、全く知らない女子だった。

映える青髪に、小柄な身長。

年は……いくつだ?おそらく高等学校あたりに通っている若さだろう。

そんな彼女はオレを見るとにやりと笑い、


「お目覚めだね、帆綱 拓馬(ほづな たくま)君。」


名前を呼んで、部屋の電気をつけた。



◆◇◆



「…………ここは?」


見た感じ、病院……そんな風景だ。


「今おそらくキミが考えている場所で正解だよ。」


バインダーに挟んだカルテのような物に、文字を書き入れながら彼女は応える。


「なんで病院に?」


「なんで、か。私もアナタに色々聞きたいことがあるし、利害関係は一致。お時間いいかな?」


「あ、ああ。」


戸惑うオレのベッドにトスンと腰を下ろす彼女。


「さてさて~……何から話そうか。あ、そうそう。私は天谷 数値(あまや かずね)。研究職だよ。」


「何の!?……あ、オレは――」


「帆綱 拓馬君、だね。調べさせてもらったよ。」


そう言って、数値と名乗った少女はごつめのサングラスのようなものを装着する。


「ちょっとまってね~ミラーリングするから」


そのサングラスの前で、手を下からふわりと広げる。

その後、空中でボタンを叩くような操作をし始める。


「……それ、何?」


「AR(拡張現実)端末。まだベータ版だけどね。某PCメーカが開発してるの、知らない?」


「AR?VRじゃないの?」


「……あーあ……これだから最近の若者は!すぐになんでもVRといいたがる」


すごく苛立ちを覚えた顔をする数値さん。

……いや、多分そんなに年離れてないよね?


「VRは『仮想現実』!この現実世界ではなく、あたかもその仮想世界にいるような体験ができる技術。」


「ああ、うん。それじゃないの?」


「ARは、拡張現実。まあ、見たら分かるからちょっと待って」


そう言ってサングラスの前の空間を指でつなぎ、近くの壁に投げる仕草をする彼女。

そして、ぱちんと指を鳴らすと部屋の電気が消え、備え付けのプロジェクタから投影が始まった。


「さて、私がキミの方を向くでしょ?」


投影されている映像がぐるりと回り、壁からオレの映像に切り替わる。

映し出されたオレのカラダには、健康状態が追加で投影されているようだ。


「これが”AR”。この眼鏡で見据えるものに、ホログラフで情報が追加されるの。まあ、これは私が改造したから”MR(複合現実)”端末になってるんだけどね」


映し出されるホログラフを色々操作する数値さん。


「さて、この通りキミのカラダには全くの異常値がない。これについての心当たりはあるかい?」


「……いや、無い……と言うかさっき起きたところだし。」


「だよね。そうだとは思ってた。」


そう言って、数値さんはサングラスの前で、左手の親指と人差指、右手の親指と人差指で四角を作る。

一瞬投影画面が光ったので、写真をとったようだ。


「さて、じゃあ今度は私がキミの質問に答えようか。」


「あ、うん……何でオレはここに?と言うかここはどこ?」


「その質問に答える前にはキミに予備知識を渡さないといけないかな。」


数値は壁から張り紙を剥がすような動作をする。

すると今まで映っていたオレの健康状態は消えた。

そしてサングラスのようなものを取り外し、オレに向き合う。


「この世界は、3つの次元から成り立っているってのは知ってる?」


「線、面、立体ってやつ?」


「そう。私達が住んでる3次元空間には、立体で出来ている。」


「……えっと、それが何か?」


「アインシュタインの理論から行くと、4次元目に来るのは『時空間』。つまり、『時間』と『空間』が存在するのが4次元目。」


「……えーっと?」


「簡単に言うと別世界がそこにはあるってこと」


「は?」


「だってそうでしょ?1次元は『時間』、2次元と3次元を合わせて立体……所謂『空間』。そして4次元は『時空』。時空は今私達の生きる世界のすべての要素を持っているじゃない。」


ニヤリと彼女は楽しそうに笑う。


「キミがここに運ばれる理由になってしまった怪物たちは、トンネル効果の要領でこちらの空間に現れる。更には私達の世界で言う少し未来に」


「…………怪物?…………トンネル効果?…………未来?」


「怪物ってのは、そのまんま。トンネル効果は……まあ、ざっくり言うと、『超えられない壁を何の対価もなく超えてしまう』こと。未来っていうのは、例えば30分先、50分先、10秒先……」


「いや、未来の意味は解ってるけど……」


「なら説明いらなくない?」


「え、じゃあその怪物ってのが、例えば30分先の未来に出現するってこと?」


「そうだね」


「どうやって倒すのさ?」


「私達が未来に行けばいい。」


「はっ!?」


突拍子もない答えに、言葉を失う。

タイムマシーンもないこの時代に、どのようにしてその動作を実行できようか。

と言うか、怪物ってなんだ。そんなもんが何処にいる。


「何だここは?怪しい宗教団体か?」


「そんなわけない。」


「時間を移動なんて出来ないだろ?」


「普通は。ただ、条件が重なれば私達はその”怪物がいる時間軸まで”移動することが出来るんだよ」


「だとしたら、ノーベル賞ものだな」


「あっはっは~、残念ながらそれはない」


「何で?実際認められるようなものは無く、タダの妄想宗教だからか?」


「んー……宗教っぽいっちゃ宗教ぽいね」


「それみたことか」


「そう、超能力者だけが時空間の移動をすることが出来る」


「は…………超能力者…………?」


「異能力者、と言ったほうがわかりやすい?」


「……帰る」


馬鹿馬鹿しい。

オレはベッドから立ち上がる。


「なら、記憶を消させてもらうね」


「は!?」


振り返ると、数値はオレに銃のようなものを突きつけていた。


「大丈夫、痛くない。怪物や私が説明したこと、私達のことが記憶から消えるだけ」


「まてまて、何でだ!?」


「簡単。何でそんな世界を脅かす怪物が存在するのにもかかわらず、人々はそのことを知らないまま平和で過ごせているのか?」


「…………隠蔽してるのか」


「もち。パニックになるからね。だからキミの記憶も消す。」


「…………わーったよ。もう少し話を聞こう」


「うぅん、懸命な判断ね。賢い子は好きだよ」


「……で、超能力者がいると」


「そうそう、超能力者、魔法使い、異能力者……呼び方は色々あるけど、普通にはない力を持った人がいて、その人達が怪物を倒しているから平和なわけ。」


そう言って彼女はオレのカルテを手のひらに置く。


「特殊な力には様々な物がある」


「――なっ!?」


ふわりと、カルテがノーモーションで中に舞う。

勿論投げたわけでも無く、落としたわけでもない。

それはまるで、カルテが自ら宙に浮いたかのように。


「そ、それはマジックか?」


「ううん、所謂テレキネシスってやつね。触れずに物を自由に操る能力」


カルテの上下左右に手を通してみる。

糸やワイヤーなどの引っかかりはない。


「時間軸を移動するには、トンネル効果を利用するのが今の科学の一般的な理論。となるとカラダを量子化しなければならない。そしてその量子を一定の距離で無くさないように留めておくのにこの力を使うの。」


カルテをふわふわと部屋中を移動させる。


「わかった?」


「あ、ああ……な、なんとなく……?」


「よろしい。次の条件は、”怪物が3次元世界上に現れた時”だけ、私たちは時間軸を移動できる。」


「他は出来ないの?」


「出来ない。怪物が現れると私達の住む世界の重力場が歪み、シンギュラリティーが発生する。そこに惹きつけられるように量子を飛ばすの。だから、好きな時間に移動できる……なんてこともできない。」


「お、おう……?」


「ま、わかんないなら勉強すればいいさ。」


カルテがポスっと、ベッドの上に落ちてくる。


「さて、これからキミが取れる行動は二つ。この組織への貢献を行うか――」


「記憶を消されるか、か」


「はいー、大正解!で、ドッチにする?」


「…………質問いいか?」


「どうぞ」


「貢献、出来るのか?」


「その点についてはご心配なく。キミもシンギュラリティーなんだ」


ベッドの上のカルテが表を向く。

そこに刻まれていた文字は、”超能力者反応有り”。

オレの頓狂な声が、病室にこだました。

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