第3章 VSアスタルテ⑦

 ここは?


 深い闇に覆われている。自分が浮いているのか、寝ているのか、もしくは体自体無いのでは。

 そう感じる何も無い暗い空間に自分はいる。


(これが死後の世界?何も無いって思っていなかったなぁ。)


 呑気にそんな事を考えてみたが何も変わらない。




 どれぐらい経っただろうか?何もする事が出来ずに、ただ存在している。これ程に苦痛も無いだろう。

 ふと、何かが光ったように思えた。その光は徐々に強くなり僕を飲み込む。

 すると、見覚えのある部屋が目の映る。


(ここ、僕の部屋だ……。)


 元の居た世界の自分の部屋に寝ていた。

 異世界に行く前の1人で寝て、起きて、バイトしに行くだけの貧祖な部屋。

 アニメのポスター、テレビ、最新のゲーム機、ベットにテーブル。


(何故、自分の部屋に?)


 そう思って身体を起こそうとしたが。


「こら。大人しく寝てなさい。」


 諭すように注意をしてくる優しい声。1番大好きで、2度と聞くことの出来ない、会う事の出来ない人の声。


「母さん……。」


 数年前に死んだ自分の母親がベットの横で座って居た。




「卓也、うなされていたみたいだけど平気?」

「母さん……。」


 状況が理解出来ない。死んだ母親が目の前で喋っている。


「そうしたの?そんな狐に化かされたみたいな顔して。」

「だって、母さんは数年前に死んだ筈だ。」

「なに言ってるのかしらこの子は。悪い夢でも見ていたのね。」

「そんな筈は…。」


 そうだ、母さんが生きてここに居るはずは無いんだ。だって母さんは、僕の目の前で死んでいる。


「ほら、卓也。まだ具合い悪いのなら寝てなさい。」

「触るな!!」


 寝かそうとする母さんの手を払い除ける。


「誰だお前は!!母さんの姿をして騙そうとしても無駄だ!!」

「あらあら、やっぱり駄目だったかしら?喜んでくれると思ったのですが。」


 そう言うと、母さんの姿が崩れる。代わりに別の女性が現れる。

 背中には純白の羽。すらっと細い白い肌が、最低限の面積の白い布で覆われいるだけの姿。神々しいオーラを放ちながらゆっくりと姿を現したその存在はこちらを見つめながら話しかけてくる。


わたくしの名はチャラーナ。慈愛の女神です。」

「チャラーナ…。」


 呆然としていると。


「あれ?まさか信じてないとか無いよね?」


 心配になったのか素の反応で質問をしてきた…。




「で、慈愛の女神様が何用で御座いますでしょうか?」

「いいわよー、そんな堅苦しい感じに話さなくてもー。」

「……。」


 ゆったりとした口調で話す女神様。

 先程までの神々しい威厳はすっかり無く、ほわんとした感じになっている。


「んー、用事は君の方が有ると思うけどー。」

「僕がですか?」

「そー。君は今、死にかけてるのだよー。」

「そうですね。ですから迎えに来たのでしょ。」

「違うわよー。私は慈愛の女神。君にチャンスをあげに来たのでーす。」

「チャンス?」

「そーなの。正直ねー、君はあの異世界に行く予定が無かったのー。上のミスでねー。」


 なんってこったい、それは聞き逃せない話だ。


「それでー、ミスの訂正やー。報告やらーしてたら君、死にかけてるのー。もー、びっくりしちゃった。」


 って事は、僕は本来しなくていい事をしていた事になる。


「だからねー、試してみたの。君の今後をどうするかをー。あのまま君が私を受け入れてー、寝ていたらー。殺していたわ。」

「!?」


 背中がゾワッとする程、最後の死刑宣告を低い声で言ってきた。


「でも、ごーかく。君は私を拒んだ。」

「……。」

「良かったねー。」


 笑顔で拍手をしてくれているが嬉しくない。


「その扉から出ればー、君はあの場所に戻れるよー。」


 部屋のドアを指差しながら言ってくる。


「気をつけてねー。」


 早く出ていけって言いたいのかと思うぐらいあっさりと説明が終わった。


「え?終わり?他にも色々と有るでしょ。」

「んー?」

「ほら元の世界に戻してあげるとか、特別な力をあげるとか。」

「あー、それね。無いよー。」

「はぁあ?」

「元の世界に戻る事は、まず君が拒否をすると思うけど?それに特別な力はもっと上の神様じゃないとあげれないのー。ごめんねー。」

「そんなー。」


若干期待していたが、はっきり無理と言われてはどうしようもない。


「わかった。僕は行くよ。」

「んー。あっ、そーだ。君、ちょっと待って。」

「?」


 出ていこうとした僕をチャラーナは呼び止める。


「こっちのミスで起きた今回の件のお詫びとして、ヒントを一つあげるねー。」

「何でしょう?」

「君は大きな間違いをしているよー。もう1度考え直してみてー。あのドラゴンは、最初っから何を求めていたのかを。」

「それはどう言う意味……。」

「それは自分で考えてねー。おまけで、考える時間あげるからー。」

「ちょっと、まっ……。」

「じゃあねー。」


 チャラーナは、言うだけ言って手を振る。すると見えない力に引き寄せられドアの外に飛ばされた。





 彼が居なくなった部屋にぽつんと1人で残ったチャラーナ。


「良かったのですか?」

「んー?何がー?」

「彼を戻して。」


 何も無い空間に別の存在が現れる。


「別にへーきだよー。」

「そうですか…。」

「それに、私。彼の事気に入ったし。」

「……。」


 不意にほんわかした雰囲気が無くる。


「そうですか。」

「彼ならきっと大丈夫よ。きっとね……。」

「……。」

(貴方も大変な方に目を付けられましたね、卓也さん。)


 不敵に笑を浮かべるチャラーナの横で、飛ばされて行った彼を哀れな目で見る男性。

 紳士服で身を包む彼は、溜息をつきながらその場を後にするのだった……。

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