第3話

 食器や家具や家電を選び、それらを統括する生活環境プログラムのコンシェルジュをカスタマイズする。生活環境を整えるということに、今はそれだけの手間がかかる。選択肢が多すぎると判断した人々によって、パッケージングされた生活様式を買うことは、一枚の布でなく縫いあがった服を求めるのと同程度に一般的な消費行動となった。マサミの仕事は、そのパッケージをデザインすることだ。

 ライフスタイルのデザインには、さまざまな需要がある。オートクチュールのように世界にひとつの生活を仕立てるデザイナーも存在するが、必要をそろえただけの低価格が売りのパッケージも人気が高い。

 テンプレートとしてデザインを販売し、データの微調整に応じるマサミのブランドは、いかにもなお仕着せでなく、手の届く高級品として現時点の成功を収めている。

 企業が運営するバーチャルモールに常設メゾンを出店できるようになって二年、消費者の移り気は身にしみている。出店費用を上回る利益をあげてメゾンを維持するためには、顧客を飽きさせてはいけない。そろそろ、新しいテンプレートを発表する時期だ。

「仕事に集中しなくちゃいけないのに、切り替えに失敗しちゃってる」

「わたしもそうだったから言うんだけど、立ち直るタイミングって一度逃すと長引くのよね」

「ずるずるしてるなとは思う」

 サホの口調が少しだけ変わった気がして、マサミは曖昧にうなずく。

「わたしの場合は、ヒールストーンを持ったらすごく楽になったのよね。悪い方に働く気持ちを吸い取ってくれるっていうか、心の中がろ過されるみたいに感じて」

「ああ、昨日も言ってたね」

 やっぱりと思いながら、拒絶を押し隠した笑顔を浮かべる。

 力を持った石や特別な運気のある場所を、サホは重要視している。そういう世界観の持ち主だと、親しくなってはじめて知った。

「心が敏感になっているときだから、力の影響も強く受けるんだと思うの」

「そういうこともあるかもね」

 当たり障りない返事で聞き流す。表情や声音を慎重に選ばないと、軽蔑があらわになってしまいそうだ。サホは決して購入をすすめてこないので、理解も共感もできない価値観であっても否定で角を立たせたくない。

 いつまでも嘆いてばかりいるマサミにサホは辛抱強く付き合ってくれるのだから、サホに対して寛容である努力をするのは公平なことのはずだ。

 折り合いをつけるための理屈を用意していても、感情のコントロールは難しい。嫌悪感が顔に出てしまう前に、置きっぱなしだったマグカップを取るふりで《アーク》に合図を出した。

 ビデオフォンに表示される動画が、リアルタイムのカメラ映像から、アバター動画に切り替わる。マサミ自身の動画から作成してあり、音声から想定される感情を会話の目的に相応しい形で補正し描画するプログラムを組み込んであるため、アバターだと気づかれることはまずない。ビデオフォンでの打ち合わせでも重宝するプロ仕様だ。

 サホに提供されている動画を表示させ、おだやかに笑うマサミ自身を確認する。見た目の演技から解放されると、心も優しくなれる気がする。

 ふと、心細そうな顔でサホが尋ねる。

「石の力なんて信じるの、バカみたい?」

「信じるものは救われるって、いい意味で思うよ」

 マサミがそう答えるのに合わせて、画面の中のマサミは柔和に笑った。


 サホとのビデオフォンが終わり、ふたたび透き通った窓ガラスの向こうは、もう夜の姿に変わっていた。黒に近い藍色に沈んで宝石のように光る街は、昼よりもずっと綺麗だ。

 反射を操作して外からの視界を遮り、夜景を眺める。いつでも人工美の夜を楽しめることが、このマンションに住居をさだめた大きな理由だった。

「むかつく」

 しかし、マサミの口からもれるのは、さっきまでの会話でたまった澱だ。

「石っころで元気になれたら世話ないって。バカみたいじゃなくて、バカそのもの」

 不快な重さで胸を圧迫していた言葉を吐き出す。

 サホとの関係を破綻させたくない。気兼ねせずカナのことで泣ける友人は、今のマサミにはサホしかいない。しかし、最初は些細と感じた相違への苛立ちは、しだいに強く激しくなっている。

「《アーク》、サホとわたしの通話記録を解析して。スピリチュアルな話題の比率が増えてるかどうか」

「少しお待ち下さい」

 結果が出るまでの間に、カーテンを引く。

 多機能ガラスは遮光も断熱もじゅうぶんに果たすが、マサミは無意味だからこその趣味としてカーテンを好んでいる。柄や素材を吟味して、開けたときと閉めたときで部屋の風景をまるで違うものにするのは、とても贅沢なことをしているようで気持ちがいい。

「解析が終了しました」

 外と内を薄い水色で仕切り終えると、待っていたかのように《アーク》が告げる。

「教えて」

「本日の会話記録より、スピリチュアルに分類される内容は約二十九パーセント。昨日より二パーセントほど減少しております」

 実感とのずれに、マサミは眉をしかめる。しかし、《アーク》に嘘をつく機能はなく、数字の客観性を疑いたくなるのはマサミの主観の問題だ。

「他の要素のパーセンテージもお知らせしましょうか?」

「いらない」

 アークの提案を苦々しく却下する。もっと不愉快な数値を聞かされる予感がした。

「それより、お風呂にお湯いれて」

「食事はどうなさいますか? グラタンかドリアなら、すぐご用意できますが」

 食べたくないという返事からはじまる問答をすでに何度も繰り返したおかげで、《アーク》は消化のよいメニューを先回りして提案するようになった。

「じゃあ、チキンドリア。でも、お風呂が先」

「わかりました」

 だだをこねたつもりの要求は、当然ながらあっさりと受け入れられる。架空人格とのやりとりに、駆け引きはまだ存在しない。

「うーそ、先に食べる。お風呂のあとだと、また汗かいちゃう」

「それではご用意いたします」

 こういうときは得意げな口調になるように《アーク》を調整しようかとちらりと思うが、条件づけの難しさを思ってすぐにあきらめる。仕事柄、コンシェルジュのカスタムは得意だが、人間らしさを求めれば不測の泥沼にはまるばかりなのもよくわかっていた。

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