雨上がりの夜空に

高橋パイン

第1話

二〇一四年、三月。私は品川駅から近いホテル、第三七回の日本アカデミー賞の授賞式にいました。シックなロングドレス姿で周りのマスコミさんにニコニコ愛嬌を振り撒いて歩きます。

私が主演し去年の秋に公開された映画「ナデシコの夏」の演技が高く評価され最優秀女優賞にノミネート・・・って司会者の局アナさんが言っているけど、私的にはピンときません。五年前の私のデビュー作、「クロス・トゥ・ユー」の方が随分と面白かったですし、自信作でもありました。それは私が極めて演技力不足でありながらの映画初体験、極めて低予算ゆえの手作りの共同作業、そんな数々の要因の賜物か・・・いやいや、それとも共演者に恵まれた!?


「それでは、いよいよ最優秀主演女優賞の発表です!」

司会者の言葉に重なってオーケストラの派手なよくあるファンファーレが会場内に鳴り響き、場内は暗転します。

「第三七回、最優秀、主演、女優賞は・・・若干二二才、伊藤まりさん、です」

大きな拍手で会場は盛り上がり、スポットライトが私を探し、照らし出します。

感涙に咽ぶ芝居でもしようかなぁっと思いましたが、あまりの嘘も集まる皆様に失礼かと、そこは最優秀の女優らしく満面の笑みでスポットライトの光源に向かって背筋を伸ばして立ち上がりました。

私は監督、プロデューサー、共演者にハグされながらステージに上ります。

それほどの感動は無い・・・たぶん、これがハリウッドの本ちゃんアカデミー賞だったら事情は違ったとは思いますが。


ステージ上で、映画製作者協会会長のお爺さんから大きな楯を貰います。

そして司会者に促されてマイクの前へ、映画祭や音楽祭でよくある光景。会場の皆が私の言葉を待つ・・・涙ながらに「みんなに感謝、おとうさん、おかあさん、監督、ありがとう」なんていう言葉を期待されても困る私です。

私はマイクの前、W杯で優勝したサッカー選手のように大きな楯を頭上に掲げて叫びました。

「こらー、フミヒデ~ハゲ、ちゃんと生きてるか~?

ご飯食べてるか~? 劇団ショーマ!頑張ってるか~!

おかげでこんな賞を貰ったよー!ありがと!

みんな、愛してるよ!」

観衆は唖然と目を点にし、私を見つめ拍手を忘れています。


その時、江古田の二八〇円均一の居酒屋、そのアカデミー賞のテレビの生中継番組を見ながらでホッピーを飲んでいたハゲの貧乏役者、木村文秀は私の艶姿を見てか、私のナイスな受賞コメントを聞いてか、突然、激しく号泣。

そして、むんずと椅子の上に立ち上がり、

「伊藤まり、バンザイ!」

「伊藤まり、バンザイ!」

バンザイを繰り返し、ホッピーのジョッキを頭上に掲げ、

「まりちゃん、最高だぞ!」

と叫び、何故だか皆からの祝杯を受けていたという。

そんな不思議で、懐かしい動画をマネージャーの森ブーがユーチューブで発見、教えてくれました。その動画をもちろん私はスマホに保存しています。そして、それを見るといつも私は元気になります。


そんな日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を貰った五年前、私の初主演の映画「クロス・トゥ・ユー」という作品がありました。



「まりちゃん、おつかれ!」

今日の最後のお仕事。麹町スタジオから深夜、六本木スタジオ移動。そこで週刊誌の表紙の撮影に入りました。

やっと終わったのが午前二時、私、下町の太陽、日本一の働く高校生、いや高校生だったのは先月までのお話で、高校は二年の途中で先月辞めてしまいました。

理由は簡単、仕事と学業の両立、私にはとっても無理だったから。アイドル稼業はこの時期の特権、でも、学校は春夏秋冬いつでもオープン、六十過ぎたって入れるから、優先順位で業務優先。

もちろん、パパは大反対、でもママが賛成、もっと賛成はお婆ちゃんでした。

「花の命は短くて、切なくて、ちやほやされる、今が花」

これがお婆ちゃんとママの一致した意見で、勇気をつけられの高校中退です。

なんてたってウチの一族の家業は名門寄席ホール、「浅草・安馬亭」です。

お婆ちゃんは十二代目の現役席亭、つまり社長の事でママは十三代、私は十四代目、後継ぎは弟になると思いますが。


高校生を早期引退、晴れて社会人、芸能一本って根性も座って、トントン拍子ですから天狗娘と周りから言われまくりです。

テレビ、雑誌を始めとしたマスコミ大不況時代と言われていますが、男性誌からヤンマガ、ヤンジャンの漫画誌、セブンティーンにアンアンなんかの女性誌、週刊文春の原色美女図鑑からターザンまでのグラビア各種、テレビのレギュラーが四本。四八人チームのアイドルグループの活躍に対抗して私は一人、もう毎日八面六臂の活躍です。でも、たいした努力もしていないし、なんかとっても運がいいというか、私の大いなる魅力とでも言いましょうか。

こんな売れっ子に周りの大人達は大いに気を遣います。私もやたら頭を垂れて腰の低い回りの大人達に最初こそは逆に気を使っていましたが、最近ではすっかり慣れ親しんでおり、自分がずいぶんと我がままになっていくのがよーくわかり、これも「売れてナンボの芸能界の建前」と自覚しております。

もちろん、いままでの友達関係は最近、連絡激減です。やっぱり、全く、違うこの芸能界だから、しょうがないって思っても、自分でも言うのは何ですが、この五ヶ月間、全くオフなしの売れっ子アイドルの私が、「伊藤まり」です。


遊ぶ暇なんて、もちろんありません。とはいえ自分で選んだ道だから、絶対に一番頂上を極めてご覧にいれましょう!っても、幼少の時分から浅草演芸場にお婆ちゃんに連れられ出入りしてれば、いつのまにかの当たり前に、そんな業界根性が身につきました。

こんな私ですが、小学生の頃から絶対一番じゃなきゃ嫌だったり、他人が持ってる流行物なんかはアッと言わぬ間に何でも欲しくなってしまう困り者。もう、給食の海老フライからアクセサリーに男の子までいろいろ。ですから当然周りの皆さんには幼き頃から大変ご迷惑をおかけしていたと反省の日々、今ではそれが仕事になってしまいましたゆえに、最近は私自身、こんな性格を気にせずにマイペースで生きております。だって、欲しいものは欲しいし、やりたい事はやりたいし、とりあえずの我慢は「若さ」に任せて無視する姿勢に甘んじ、

「花の命は短くて、せつなくて、ちやほやされる、今が花」

そんなお婆ちゃんの言う家訓を大切にしております。

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