第2話

今日の六本木のスタジオは私がレギュラーを勤める女性誌の表紙の撮影。

終われば、いつも深夜のこの時間、お腹がペコペコ、当たり前の若い娘です。

帰りは自宅まで事務所のワンボックスカーで四十分ほど、道すがら私の心の叫び、

「あっ、富士そば」「あっ、吉野屋」「あっ、一風堂」

などと、私が実際叫んでもマネージャーの通称森ブーは車を止めてくれません。

「ダメダメ、こんな時間になんか食べたら、自慢ボディがだいなしよ、もう。おまけに 写真パシャで『あのアイドルが、深夜の富士そばで天玉に稲荷』 じゃイメージダウンで悲しすぎ、絶対にダメダメダメー」

森ブーが叫び倒し、一路車は自宅へ。

私が撮影している間、この太ったマネージャーはスタジオでお弁当二つ平らげ、タバコなんか吸わないくせに、

「あ、すいません。ちょっとタバコを買いに行きますぅ」

とか言って、東華園のラーメン大盛りを食べに行ったらしく。それを目撃したスタイリストのカオルさんが言っていました。


Tシャツ一枚、気持ちいい春の夜、私は車で帰宅中、窓の外には陽気に誘われたカップル達が幸せそう。車窓から垣間見る世間様の景色はコンビニやファミレスの夜空に輝く看板にぶつかり合っては私の空腹感を一層刺激、もう、不機嫌になってしまいます。

「腹へったぁー」

「バカヤロー、肉まん食わせろー」

でもいつも通り車と止まらず、いつも通りに自宅へ到着です。

「お休みなさーい、明日は朝六時にお迎えねー」

森ブーはグッドナイ、グンナイ、ベイビィ~ィと鼻歌交じりに消えうせました。文句も言う間も無し。

あまりの眠たさに空腹感はすぐに消え去り、直ぐにベッドに倒れてバタンキュー。食い気よりも今日も睡眠優先です。


三時就寝、二時間五十五分後の五時五十五分起床。

こんな超多忙で不健康生活の毎日、チヤホヤされて当たり前、私が女王、お姫様、と納得して寝ても気がつけばすぐに朝。バッカヤローの気分最悪の寝起きを迎えます。だから、良い夢なんか見るゆとりは全然ありません。

これが学校を辞めてまで選んだ自分の人生、「これが私の生きる道」と愚痴を言っても負け犬になるだけと、愚痴は口に出さずに奥歯に挟んで我慢します。

 でも私は移動睡眠の達人、業界らしい寝不足解消方法。しかしながら、いつもながらマネージャーの森ブーは一体全体いつどこで寝ているんだろう?と素朴な疑問を感じます。



翌朝、八時の新幹線で大阪の毎日放送に顔を出して、心斎橋のFMスタジオでCDプロモーション、二十時には、もう六本木のテレ朝で深夜番組収録。

二十五時二十分からセブンティーンと朝日新聞のインタビュー、よくもこんなに効率的に仕事を入れるものだと感心の毎日です。


しかし、どこに行っても周りの大人達は、ほんとに、みんなが私みたいな小娘に気を使いまくっています。

「まりちゃん、まりちゃん」

こんな思いっきりの生意気な小娘ヨイッショして、人生に嫌じゃないのかなぁ?と、この社会の大人達がとっても不思議です。

人間は、苦労重ねて頭を下げて成長していくんですね、きっと。大人の社会もいろいろ大変、苦労の連続なんだろうなっと納得する私。

でも、この前週刊文春の業界ランキングもので私がアイドル部門の最も扱い難くて、生意気な部門で堂々の一位獲得と、森ブーが喜んで私に見せに来たので言ってやりました、

「それでは、今後とも皆様のイメージ通りに、より一層の我がまま道を精進する所存ですから、覚悟の程どうぞよろしく!」

私、そう周りの大人達に宣言させて頂きました。みんな、無理やり微笑を作っていらっしゃいました。



大阪から帰る新幹線はもちろんグリーン。

森ブーが、一冊の台本を私に。

タイトル「クロス・トゥー・ユー」。

劇場用映画・決定稿と印刷してあります。

なんだこりゃ?聞いてねーぞってページ開くと、まずは監督、脚本にキャスト名。

あらら、一番始めに、主役「伊藤まり」、私の名前の登場です。


森ブーが、新大阪の駅で買った柿の葉ずしをもりもり食べながら言います。

「そう!マリちゃん、映画。主役決まったんだ。最高でしょ、いよいよ女優デビュー」

私はそんな女優業に興味があるわけでのなく、文句を言いました。

「ね、どこにそんな時間があるの!それに私がお芝居なんかできる訳ないじゃん!絶対嫌だ!」

ガンガン、ガンガン名古屋過ぎるまで叫びつづけて、ちょっと寝て、小田原過ぎてまたガンガン。

でも、このマネージャーのデブ、大丈夫、大丈夫と、ニコニコしながらチョコレート食べて、すぐに寝ちゃって、話通じず抗議終了です。


いつものパターン、あれよ、あれよって気がつきゃ本番、現場突入。

もう、時間と仕事をバッタバッタと、切って、切って、切りまくって生きているって実感フツフツ。ですが・・・、

「こんなんで良いんかい!ええ作品ができんのかい!」

そんなクリエイティブな心の雄叫びをいつも感じる私ですが、現場入れば、ニコニコ。不機嫌を顔に出すのも大人げなく、それに面倒なんで、取りあえず、その場を凌いで仕事をこなす毎日です。

寝ているデブ見て台本片手に深かく物事を考えるのも鬱陶しく、まぁ映画の主役も悪くはないかと今日も時間が過ぎていきます。



五日後、五反田のイマジカでスタッフ・キャストの初顔合わせがありました。

台本なんか、読む暇ないけど中学高校の期末試験よろしく一応一夜づけで目を通し、いつものながら、その場を凌いで結果オーライ狙いです。


「はじめまして、伊藤まりです。よろしくお願いします」

顔を上げれば、そりゃいつもの「チヤホヤ」が無いのです。

私をまずは「チヤホヤ」するのがテレビやグラビア撮影、雑誌インタビューの常識なのですが。なんだか私、イヤ―な気分、完全にお呼びでないって雰囲気なのです。

「ね、なんか皆、真っ暗、嫌なカンジ、この人達、地味・・・」

横に座っている森ブーに小声でつぶやいても全くの無視の平々凡々。



監督は滝本さん、普通のオヤジ風、一見年とってるんだか、若いんだか不明な人でした。私の顔を見るなり一言、

「もちろん、芝居なんてやった事ないよね?」

もちろん、私は、

「ハイ」

元気素直に答えれば、

「ふ~」

と落胆。この先心配って顔したの私、見逃しませんでした。

他に紹介された地味なプロデューサーの人、テレビ局の人とか、名前は全部忘れました。

私をいろいろ世話?する人は二名。

助監督の松川さんと制作進行って職種のチビの鷲尾さん、

「アイドルなんかに映画できるかよー」

って顔に如実に書いてあります。


共演の人達は、劇団ショーマの役者の人達だって紹介されました。

その中でも私の相手役は・・・今回なぜかの大抜擢、劇団ショーマの木村文秀さん、この俳優さん、この部屋で一番地味。それに、禿げてます。私は溜息も出ません。

私、超がつく売れ線アイドルっよって、これじゃ格違い、場違いのハゲおやじ、

「もう何だか始まる前から、やる気無しなんです!」

とは誰にも言えず、当然ながら。

もちろん、禿げの木村さんをはじめ、その他共演者から監督、その他スタッフ一同、恋の予感も全く無し。高校中退してまでの芸能活動、これじゃ、あまりに気分はブルーです。


もう、あくび我慢の退屈な打ち合わせの途中、素朴な疑問がまた一つ。なんで、どうして、こんなに大勢の人がいる訳?って。

撮影が始まり、こんな大勢の人が、私の演技の不出来でジーっと長い間、雨の中で待たされたり、徹夜させられたり、コンビニにジュース買いに行かされたりで、私がしこたま怨まれる事になるなんて、今は知らぬのアイドルでした。

こんな雰囲気の中、テレビと違う意次元の業界、私の映画撮影第一歩の幕が開きました。

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