第一話:四月十二日:人の生きる場所

 丘の外周に沿って伸びる道を進むと眼下に見えた住宅街の中に入った。

 住宅街と言っても家屋の数は多くない。窓から漏れる明かりはなく、住民は寝静まっているようだ。

 人々の前を通り過ぎるのは惜しかったが、ドアを叩いて起こすわけにもいかなかった。逼迫ひっぱくした状況だが非常識な行動を取るのははばかられた。

 少年は未練を振り切るように早足で住宅街を抜け、谷に沿って走る広い通りを目指した。

 住宅地を抜けて広い道路に出るとまた景色が変わった。コンクリートとアスファルトで作られた地面は街灯を反射して乾燥した光を放っている。家々は道路に正面を向けて行儀良く並んでおり、その間には奥へと進む細い道が見受けられた。

 丘を越える道を目指して歩いたが道中に人の姿はなかった。家は建っているが無人の都ようである。歩行者もなければ車が通るわけでもない。彼だけがそこにいた。時折、道行く人々を導く立て看板が見えたが興味を抱くような情報はなかった。

 少年は世界に溢れるあらゆる情報を浴びるように呑み込んだ。情報を受け取った脳は反応して様々な答えを返す。その結果は上々であったが、同時に不満の残るものでもあった。

 少年は多くのことを何かしらの形で知っていた。ただ、その記憶が個人的な記憶と繋がることは終ぞなかった。あらゆる知識が過去から独立し、線ではなく点で存在しているようだった。

 彼は知っていた。空に浮かぶ月が太陽の光を反射して輝くことを。小さな星々は久遠の宇宙に浮かぶ巨大な惑星であることを。あらゆる物体はごく小さな粒子の集まりであることを。しかしそれを知った経緯けいいは思い出せなかった。

 少年は空を仰ぎ見た。半分に欠けた月が強い光を放ち、その周りで小さな星々が瞬いている。彼の記憶もまた目の前に広がる夜空のようであった。決して全ては見えず、小さな知識が闇の中に点々としている。

「俺は何者なんだ? 俺は何を忘れて、何を覚えているんだ?」少年は誰に問うわけでもなく呟いた。

 空を眺める彼の目に、流れ星とは思えないな赤色の光の帯が飛び込んできた。

「なんだっ?」

 空の遙か下。頭上十数メートル上。家々の屋根の上を光の帯が水切りの石のように飛んでいた。少年が唖然として眺めている僅かの間に光は枯れの目の前を横切ってあっという間に過ぎ去った。

「……あれは?」

 少年は突然、状況が動き出したような気がした。あの光を追わなければならないと言う使命感が彼を突き動かした。気付けば少年は光を後を追って走っていた。

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