第4回

 銀の髪には油をって

 白い肌には秘薬をふく

 青い唇には赤い口紅を

 青い唇には赤い口紅を……


 ――歌声が聞こえた。

 見るとあの婦人が歌を口ずさんでいる。

 椅子に座ったまま、窓から見える庭園と、庭園にかかる霧の風景を見つめながら。

 その歌は、部屋に訪れた時にも歌っていた歌で、物悲しく独特のうれいを帯びたメロディは、何故だか僕を不安にさせるのだった。

 そして婦人は、その神秘的な瞳をこちらへ向けると、しばらく無言で僕を見つめた。

 僕は何だか気まずい思いがして、視線から逃れるように質問をした。

 ――すると、お兄様のご遺体は、今でも地下室に眠っておられるのでしょうか?

 しかし婦人は首を振る。

 勘違いをしていたのです――そう言って婦人は、苦しそうに表情をゆがめ、一雫ひとすずくの涙を流した。

 秘薬の効果は、単なる遺体の長期保存ではなかったのだと言う。

 その事実を知ったのは、全てを終えた夜の事だった。

 秘薬の探索や儀式に全ての精神力、体力を費やし、妹はもう、これ以上ないほどクタクタに疲れ果てていた。

 元来、丈夫な身体からだではないし、さすがに無理をし過ぎて、いつ昏倒こんとうしてもおかしくない状態だったのだ。

 どうにか意識を保ちながら、うようにして二階の自室までたどり着くと、食事も取らず、衣服も着替えぬまま、気絶するようにベッドへ倒れた。

 そのまま熟睡してしまい、再び目を開けた時には、もう明け方近くになっていた。

 まだ薄暗い部屋の中、目覚め切れずにベッドで寝返りを打つ。もう一度寝直してしまおうかしらなどと、ぼんやり考えながら、開けたまぶたをまた閉じかけていると――。

 ゴトン、と大きな音がした。

 ねずみかしらと思った。

 ゴトン、また音がした。

 何か重いものを動かす音のようだ。

 ゴゴゴ、ゴト、ゴト、ゴトン。

 ――そうだわ、と妹は思った。

 あれは確かに地下室へ通じる扉を開ける音、あの厚く重たい扉を何かが動かしている。それは鼠ではない。鼠は扉を開けはしない。

 しかしこの館には、今はもう私一人しかいないはず。かつて大勢いた使用人たちは、とうの昔に館を去った。

 ましてや地下室の中なんて、誰もいやしない。

 少なくとも扉を開ける事が出来る者など、誰も……。

 嫌な胸騒ぎがする。

 一方で、仄暗ほのぐらい希望がき上がるのを感じた。

 しかしそんな事が起こるはずはない。それは自然の摂理せつりに反する事ではないか。いくら何でも冒涜的ぼうとくてきだ。起こるはずのない事は、起こってはいけない。

(でも、もしそうであったなら……)

 確かめなければ、と思った。

 音を立てぬよう、慎重にベッドから抜け出すと、そうっと自室の戸を開き、廊下へ出た。


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