第3回

 それは最初、緻密ちみつ難解なんかいな暗号によって目に見えぬ場所に封印されているだろうと思われた。

 しかし研究者の残した書類を丹念に探るうち、ある種の幻覚作用のある薬草と、未婚の処女の血を用いた呪術的な儀式によって、秘薬の在りかを導き出す事が出来るのだと分かった。

 偶然にも薬草類は庭園内にそろっていたし、未婚の処女と言うのも自らに当てはまる。

 後は儀式を行うのみ――。

 父の書斎から、呪術関連の書物を手当たり次第に探し出し、詳しく勉強した。

 古代の占星術や数秘術、伝説的な隠秘学者オカルティストたちの記したとされる呪文書や禁書を駆使し、儀式に必要な神秘数字や記号、あるいは図像などを導き出す。

 それらを元に、完璧な配置で魔方陣を構成し、丹念に組み上げ、その中央の台座に自らの肢体を横たえた。

 薬草をせんじて服用すると、幻覚作用が妹の魂を現世から引きがし、様々な過去の追憶と共に遠く夢の国へといざなう。

 夢の中、輝く門が霧の中から現れて、黒衣の番人が扉を開くと、向こう側には大きな鍵を手にした一人の青年が待っていた。彼は、手に持つ鍵をかかげ、それで一つの場所を指し示すのだ。

 それは意外にも薬品棚の裏側だった。

 夢から戻ってその場所を探ると、なるほど確かに棚と壁の隙間に何かある。取り出してみると、それは小さな正方形の箱ではないか。

 恐る恐るふたを開けると――口紅だ。

 箱の中には、一見何の変哲もないスティック型の口紅が一つ、大切そうに保管されているだけ。

 他には何もない。

 だが、妹は知っていた。

 その聖者の血にも似た真っ赤な口紅こそが、過去の研究者たちが作り出した禁断の秘薬――ハイリンゲン・ブルートそのものなのだと。

 秘薬を手にした妹は、さっそく兄の遺体が安置された地下内の別室へ向かった。

 マッチをってカンテラに火を入れると、ほのかな明かりが室内を照らし、天蓋てんがいつき寝台に横たわる青白い裸体を浮かび上がらせる。

 室温の低さのため、まだ外見的には、さほど腐敗も進んでおらず、兄の遺体は未だ生々しかった。

 しかし、その身体に触れてみると、やはり冷たく硬直していて、もはや生者ではないのだと思い知る。

 妹は、まず兄の身体からだの手入れを始めた。

 安置室を訪れた際、毎日行なう日課の作業だ。

 一族特有の美しい銀髪に油を塗り、身体も布で綺麗にいて洗う。顔に化粧をほどこし、少しでも現状を保つため、消毒液や防腐剤を全体に塗った。

 最後に氷のように冷え切った額にキスをして、いよいよ準備は整えられた。

 ゆっくりと丁寧に、兄の青褪あおざめた唇に口紅が塗られ、鮮血のようななまめかしい赤色に染まって行く

 妹の心は、その甘美な色彩に打ち震えた――。


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