第1回

 遠い昔、館には仲の良い兄妹きょうだいが住んでいた。

 両親は数年前に船の事故で帰らぬ人となり、兄妹二人で支え合いながら、館と庭園を守って暮らしていた。

 親の残した財産は、もうわずかだったけれど、どんなに貧しくなっても、兄はかたくなに館と庭を手放す事はしなかった。

 それはこの館が、彼らにとって、何よりも大切に思う居場所だったのと、父や母が一所懸命育てた自慢の庭園を、どうしても失いたくない、誰にも汚されたくないと言う、強い思いがあったからだ。

 それに兄自身もこの場所をこよなく愛していた。

 特に大庭園の中央にある薔薇園は、幼い頃からの兄のお気に入りで、薔薇が大好きだった母との思い出の場所だった。

 まだ妹が生まれる以前、母と兄は、よくこの薔薇園で、お腹の中の妹を見守りながら、一緒に午後のひと時を過ごしたのだと言う。

 それは幼い兄にとっての至福の時で、母が亡くなってからは、薔薇園は慰霊碑いれいひにも等しい場所になった。

 庭師もいない広大な庭園を維持するのは、並大抵の苦労ではなかったが、兄は力仕事も頑張って、何とか手入れを続けて草花の世話をした。

 妹は病弱な身体だったが、それでも手の足りない部分は、館の掃除や家事も積極的に手伝い、健気に兄の仕事を精一杯サポートしていた。

 だが、生活を切り詰めながら、広い敷地を誰の助けも借りず、若い兄妹二人きりで管理するのは、やはり限界があった。

 無理をし過ぎた兄は、肉体的にも精神的にも追い詰められ、どんどん衰弱して行った。もともと兄も妹同様、あまり丈夫なたちではなく、慣れない労働が、相当ストレスになっていたようだ。

 ある夏の日、庭仕事をしていた兄は、突然、激しい目眩めまいに襲われて倒れ、そのまま意識を失ってしまった。

 妹はあわてて寝室に運び、手当を尽くしたが、意識は戻らない。急いで近くの町医者を呼んだのだが、結局、間に合わずに息絶えてしまった。

 館のある場所は深い山奥で、連絡をしても直ぐに医師が駆けつけられるような場所ではなかったそうだ。

 兄を救えなかった妹は、大きなショックに打ちひしがれた。もはや頼れる肉親は一人もおらず、天涯孤独の身の上だ。

 何処かに親類がいるのかも知れないが、両親が健在だった頃から、一切つき合いはなく、もはや今では何のつながりもない。


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