第15話 嫌い、好き、好き

 今日は星を見に行く日、と言うことで、いつになくはしゃぎ気味の天海あまみ凪咲なぎさは、昼間から私の家に遊びに来ていました。

 夜に備えてか彼女は厚着をしていて、見ているだけで暑くなってしまいそうです。

 リビングに座ってお茶を飲んでいる彼女に「どうしてこんな早くから来たのか」と尋ねて見たけれど、「会いたかったから」と返すだけでした。


 向かいに座って自分もお茶を飲み始めると、天海さんは私を、真剣な眼差しで見てきました。

 私はこの目が苦手です。彼女がこの目をする時は、決まって私にも何かがおこるときだから。


かなでちゃん。夏休み、ちゃんと楽しめた?」


 何気ない切り口、私は首を、小さく縦に振るだけでした。

 すると彼女は、真剣な表情を崩してきました。


「そっか、なら良かったぁ...」


 よく見慣れた、しかし太陽のように輝く彼女の笑顔を前に、私は目を逸らしてしまいました。



「夏休みもあと一週間かぁ...」

「...うん」


 壁に掛かったカレンダーを眺め名残惜しそうに呟く彼女は、私が聞き返すまでもなく満喫していたのでしょう。

 今日の天体観測は、彼女とふたりきりで行く最後の行事であり、私も、ある覚悟を決めていました。まだその時では無い、タイミングは選ぶべきです。


「...ねえ、奏ちゃん」


 唐突に、天海さんは私の名を呼びました。


「......んーん、何でもない」


 真面目な顔をしていたのでしっかりと聞こうとしましたが、会話はそこで終わり、2人の間には沈黙が広がるばかりでした。


「...奏ちゃん」


 再び彼女は私の名前を呟きました。

 私も再び彼女の方を見ましたが、その声は少し低く、表情も暗く見えました。




「奏ちゃん、はさ。私の事...嫌い?」

「...え?」




 あまり、驚きはしませんでした。もしかしたら心の中で、いつか聞かれることだったと感じていたのかもしれません。私を見る天海さんの表情は、もう誰が見ても分かるほどに曇っていました。


「ううん、変なこと聞いちゃってごめんね、忘れて?」


 最後に見せた彼女の笑顔は、純粋な喜びから生まれるものではありませんでした。



「私は―――」




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 静寂が戻った自分の家。私は部屋のベッドで横になっていました。


 あの後お互い気まずい空気になってしまい、そこで天海さんが忘れ物をしたから、と家に戻ったお陰で、今はどうにか平常心に戻っています。


 私は彼女のことを、天海凪咲の事を、どう思っているのだろう。好きなのか、嫌いなのか...。


 ...。



「そう、よね...。」


 自分でも、薄々感じていた事です。考えるまでもありませんでした。


 私はあの子が、天海凪咲の事が、好きなようです。それだけではありません。彼女の友人である、小路こみち弥生やよいや、常葉ときわ来未くるみの事も。なのに、そう思えば思うほど、私の中に過去の闇が迫ってきます。また裏切られる、また見捨てられる、と。

 そのもしもがちらついて、前に進むどころか、前を見ることすらままなりません。

 私の葛藤は、その後十数分間に渡り、止まることはありませんでした。

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