第14話 やっぱり私は...

 昼食を終えた私と常葉さんは、動物園後半戦へと向かいました。


 動物園と水族館を兼用したこの施設は、地上が動物園、地下が水族館になっています。

 動物一種に数分以上の見学時間を要してしまったせいで、地下に行く頃には既に十五時を回っていました。


 園内入口のすぐ近くにある階段を降りると地下に繋がっていて、常葉さんは度々場所を変えながらひたすら魚を眺めていました。私はと言うと、地下に入ってすぐのベンチに座り、地下の涼しい風を全身で感じながらうとうとしていました。



 ...。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「...つ...、月乃さん、あなたがそんな人だったとは、思いませんでした...。」

「...。」



 高くて弱々しく、しかし冷たさの篭った声が聞こえてきました。



「月乃さん。もう、話し掛けないで下さいね...。」

「...。」



 少し低い、怒りの篭った重い声が聞こえました。



「奏ちゃん...」

「...。」


 もう、奏ちゃんのお友達、やめるね...。」



 高くて冷たい、感情の無い声が聞こえました。


 それはかつて私が嫌悪し、遠ざけた声でした。


 それなのに何故か、胸の奥が痛みました。

 嫌いな声が私を嫌うのを聞いて、胸の中が、焼けただれるような気持ちになりました――






「...うしましょう...。」


「そ...ね。もう少し寝かせ......うかな」


「...ちゃん...疲れちゃ...かな」



 聞き慣れた三つの声が前方から聞こえ、意識が戻ってきました。

 頭の右側や右耳に微かな圧迫感を感じたので手を触れてみると、何か少し固いものに当たりました。


「...あ、月乃さん、起きましたか?」


 頭のすぐ近くで声が聞こえました。その声を聞こう頭を上げ、圧迫されていた右耳を解放すると、その声は本当に間近で聞こえました。


「おはようございます、月乃さん。寝心地はどうでしたか?」


 常葉さんはにっこりとしながらそう言いました。

 どうやら私は、彼女の肩にもたれ掛かって眠ってしまったようです。いや、私が眠った後、彼女が肩を貸してくれた、が正しいでしょうか。


「つ、月乃さん...よく眠れましたか...?」

「奏ちゃん、おはよーっ」


 視線を前に向けた先にある大きな水槽の前に、二人の少女が見えました。

 一人は私をチラッと見ると小さく会釈をして、もう一人は清々しいほどの笑顔でこちらに走って来ました。



「こらこら、今は私が月乃さんを独占してるんだから、凪咲は弥生と遊んで来なさいっ」


 そう言って私の肩に腕をまわしてくる常葉さん。いや、貴方のものじゃ無いんですが...


「そ、そんなズルイよっ!奏ちゃんは私のお友だちなんだよっ!」


 負けじと反抗してくる天海さん。

 貴方のものでもないんですが...。


「ふっふっふっ、月乃さんはまだオーケーしてないんじゃなかったっけ?」

「ぶ...ぶーっ、来未くるみちゃんの意地悪っ!悪代官っ!」

「悪代官ほどの悪かな...。ほら、行った行った。」

「うわ~ん、やよちゃ~んっ、来未ちゃんがいじめてくるよぉ~っ」


 涙目で向こうへ走って行く天海さん。

 小路さんと二人で奥へ行ってしまい、暫く立たないうちに姿が見えなくなってしまいました。




「月乃さん、月乃さんの心を、聞かせてくれませんか?」


 二人の姿が無くなると、唐突に常葉さんが私に聞いてきました。


「あの子と...凪咲と、仲良くなりたいのでしょう?」


 ...。


 私は......小さく頷きました。


「ふふっ、否定されるかと思っていたので、ちょっと驚いてしまいました。」


 からかうように笑われてしまいました。

 しかし彼女は笑うのをすぐに止め、


「月乃さんの願いが叶うように、私も弥生も、お手伝いしてあげますね。」


 にこりと、からかいとは違う笑顔を向けられました。その時、自分の顔が火照っている事に気付き、彼女から顔を背けました。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※



「さて、もう日も暮れますし、帰りますか。」

「は~いっ」

「お、おーっ!」


 時刻は十六時を過ぎた頃、私たちは動物園をあとにしました。


「ふふっ、また眠っても良いようにおんぶしてあげましょっか?」

「...。」

「わぁ、冗談なのに睨まないで下さいよ~。」


 駐車場に出ると、一台の黒い車がありました。私たちが借りた車、中には小路さんのお兄さんが、運転席で眠っていました。




 車内にて。助手席に小路さんが座り、後ろの席に私を挟んだ三人が座りました。

 二人とも私の肩に頭を乗せているせいで、身動きが取れません...。



.....。


 私の左で心地よさそうに寝息を立てる天海さんを見て、私も眠ってしまいました...




 

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