第12話 先に終わらせる


 小さい頃私は、勉強が苦手でした。

 しかし、自分が独りなんだと分かってからは、それを克服させました。

 全ては、スキを作らない為でした。


「ふぇぇ...奏ちゃぁ~ん...」

「すいません月乃さん。凪咲のを見てやってもらえませんか?」

来未くるみちゃん、凪咲ちゃんの事は良いから...」


 故に、能力ある人は、どうやらそれがない人に奉仕をしなければならないようで――



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※



「えっと、月乃さん、ちょっといいですか?」

「...?」


 昼休みの話。いつも天海さんが遊びに来る教室には、違う顔がありました。

 薄茶色の短い髪に、すらっとした身体、天海さんの友人の、常葉ときわ来未くるみです。彼女はいつも天海さんが弁当を食べる私の隣の席に座り、じっとこちらを見ていました。


「えっとですね、今日はその、報告と相談をしに来ました。」

「...。」


 当然、私にそれを聞く義務はありません。彼女の顔は一切見ること無く、弁当を食べ始めました。


「まずは報告を。今日の放課後近くの図書館で、私と弥生やよいと凪咲の三人で勉強会を開く事になりました。」

「.....。」

「それで、ですね。凪咲のたってのお願いで、月乃さんを誘いたい、という事なんですけど...良ければ検討して見てください。勿論強制はしませんし、無理ならそれで凪咲には言い聞かせておきますので。」


 私がここで、首を縦に振る理由はありません。

 というのも、勉強は一人でやるもの、という持論があったからです。

 一緒にやる人がいなかっから、といえばそれでおしまいですが、なるものに参加した経験のない私には、意義が分かりません。それに何より、人に教わるほど頭は悪くありません。


「えっと、では次に相談事を。」


 常葉さんが姿勢を正して私を真剣な目で見て来ました。

 彼女は一拍置いて、静かに話し始めました。


「凪沙が今日、すごく落ち込んでいました。何か思い当たることはありませんか?」


 思わず、弁当を食べる手が止まってしまいました。

 常葉さんの顔を見てみると、さっきから変わらない、真剣な眼差しでした。


「…今日、私が学校に来た時、学校に居なかった。」


 そう、今日私が学校に着くと、天海さんは学校にいなかったのです。

 毎日欠かさず私より早い時間に学校に来て私を待つ彼女が、あり得ません。その時は体調不良を考えていましたが、どうやら聞く限りだと、何かあるようです。


「なるほど…。それは確かに珍しいですね。ありがとうございました。もう少し様子を見てみますので、月乃さんはいつも通り、接してあげてください。では、昼食の時間、失礼しました。」


 彼女はそう言うと席から立ち上がり、ぺこりとお辞儀をして教室から出て行きました。


「…はぁ」


 勉強会に出席する口実は出来たものの、何故私は天海さんの事がこんなに心配なのかまでは、わかりませんでした...



 ※※※※※※※※※※※※※※



 そんなこんなで私は天海さんの様子を伺いに、勉強会に参加してみたわけでしたが…


「奏ちゃぁ〜ん…私もう頭がパンクしてダメ…」


 なんともまあ、元気なものでした。

 図書館の机に突っ伏してぶつぶつと文句を言っていました。


 思わず、ため息が出ました。

 それは彼女が元気だった事への安堵の気持ちと、彼女を心配していた私への呆れの感情が入り混じった、もやもやとしたため息でした。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※



「奏ちゃん、ここはどうやるの?」

「…一人で考えなさい…。」

「うぅ…夏休み遊べなくなるのは嫌だよぉ…。奏ちゃんっ!奏様ぁっ!」

「…はぁ…。ここは…この公式じゃなくて、これとこれを組み合わせて…」

「ふむふむ…。あぁっ!こんなの私に分かる訳がないよ!」

「この公式…去年の範囲なんだけど…」


 溜息が出たけれど、それは嫌な気分のするものではありませんでした。

 きっとこれは、皆からすれば何気ない日常の一つ。けれど私にとっては、初めての経験でした。


「奏ちゃんって、頭いいんだねっ。ねえ、また分からないところあったら、教えてくれる?」


 勉強は、一人でするもの。けれど、人に教えたりするのも面白いな、なんてーー



『私、奏ちゃんの友達、やめるね。』


 ふと、夢で見たあの言葉が脳裏をよぎりました。

 その声は夢の中で、今私に笑顔を見せてくる彼女自身が発した言葉。

 現実の彼女は多分、そんな事は言わないと、心のどこかで分かっています。けれど同時に、それでももしかしたら、なんて思いも消えないままでした。


「…奏ちゃん?」


 そんなことは知るよしもない天海さんは、椅子に座りながら私の顔を心配そうに覗いて来ました。

 その表情はとても無垢で、あどけなくて、少し怖いと思ってしまいました。


「…気が向いたら…。」

「ほんとっ!?やったぁっ!」



 ※※※※※※※※※※※※※※※



「ん~、終わった~!」

「お疲れ様、凪咲。」


 天海さんが両手を高く掲げ、疲れを吹き飛ばすように大きく仰け反りました。それを見た常葉さんが労いの言葉をかけたけれど、小路さんに集中するよう怒られています。

 人は見た目で判断してはいけないんだなと、改めて実感した気がしました。

 時間はちゃんと見てなかったけれど、窓の外はもう夕焼け色でした。

 天海さんが終わってから数分後、ようやく常葉さんも小路さんの拘束から逃れる事が出来たようです。


「それにしても月乃さん、本当に頭良いんですね。見た目通りって感じがして…」

「く、来未ちゃんはもっと見た目通りになってくださいっ」

「あはは、善処します…」


 無意味に私をおだててくる常葉さん。しかし、小路さんの一言に返す音葉も無かったようです。


「よ〜し、課題も片付けちゃった事だし、明日から目一杯遊ぶぞーっ。おーっ」


「「おーっ」」


 ここが図書館だという事を忘れて声を上げる天海さんに、それに同調する二人。


「ほら、奏ちゃんも、おーっ!」


「お、おー…」


 今年の夏は、なんだかとてもさわがしくなりそうです。



「では、三日後の動物園の予定は、後でみんなにメールしますね。」


「あ、ちょっと待って。私今ケータイ無くしちゃってて、連絡取れないや…」


「凪咲、学校に置いてったとかは?」


「分かんない、後で学校行ってみよっかな…」


 ……。


 どんなにうるうるした目で見られても、一緒に学校は行きません。

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