第9話 嫌いじゃないなら


「おぉ~、広~いっ!」

「す、すごいですっ!」


 流石は近くで一番大きな市民プールです。その大きさは想像していたものよりも大きく、中央の丸いプールを円形の流れるプールが囲うような形をしていました。


 プールサイドに赤い大きなパラソルがあり、私達はそこを拠点にしました。

 レジャーシートを引き、角にカバンなどを置いて風でシートが飛ばないようにしました。


「やよちゃん、行こ行こ~っ」

「う、うんっ、行こっ」

「私も行ってきます。えっと、気が向いたら来て下さいね。」


 天海さんは小路こみちさんを連れて駆けていき、それに続いて常葉ときわさんもスタスタとプールに入って行きました。


 私は一人拠点に残り、膝を抱えて座っていました。座りながらただぼぅっと、空を見たりプールの水面を見たり。

 何故かは分からないけれど、胸がもやもやしていました。



 ...。



「...さん...。...月乃さんっ」


 まだ聞きなれない、少し低い声が私の名前を呼び、意識が戻ってきました。


 声の主は常葉ときわさんでした。

 常葉さんは中腰になって私を見下ろしています。


「良かった。ぼーっとしてましたけど、大丈夫ですか?もしかして、体悪かったりします...?」

「...大丈夫。」

「なら良かったです。それでですね、今からお昼ご飯を食べようかなって思うんですが、良ければ一緒にどうですか?」


「結構です」と返したかったのに、正直な私の胃袋が、回答を示してしまいました。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※



「ん、これ美味しいっ。」


 私達はプールサイドにあるフードコートで、昼食を食べる事にしました。

 私はチュロスを、常葉ときわさんは五つ入りのドーナツを食べています。


「ねぇ、月乃さんも一個食べませんか?」

「私は...いい。」

「もう、遠慮しないで下さいよっ」


 半ば強引にドーナツを一つ押し付けられてしまいました。

 目の前に置かれた紙の上の茶色いドーナツは、白い砂糖の粉が沢山かかっていて、とっても美味しそうです。

 チュロスを一旦置いて、ドーナツの下に敷いてある紙を上手く使ってドーナツを持ち、一口食べました。


「...おいしい...。」

「でしょ?ここのドーナツ持ち帰りしたいなぁ。」


 そう言って笑顔を向けてくる常葉ときわさん。

 私はその笑顔を少ししか見ず、後はドーナツを食べるばかりでした。


 ...。


 天海さんは人気だなぁ。

 他に友だちが出来たのなら、私なんて捨てちゃえば良いのに。

 なんて、今まで捨てられたくなくて遠ざけていたのに、今更な気もしますが。


 ...



 ..すごい.視線を感じました。


 常葉ときわさんが、私の事をじっと見ていました。なんかにやにやしてます。



「...あの...。」

「あぁ、ごめんなさい。ちょっと見すぎちゃいましたね。」


 常葉さんは私から視線を外し、ドーナツを食べるのを再開しました。まあ、向かい合って座っているので、たまに目は合うんですが。


「ねぇ、月乃さん。月乃さんは、凪咲の事好きですか?」


 急に、そんな事を聞かれました。

 でも、どうなんだろう。すぐに答えることは出来ませんでした。


「...分からない。」

「ん、そうですか。」


 常葉さんはドーナツを一口食べ、言葉を続けました。


「...もし嫌いじゃないなら、凪咲のこと、少しでも大切にしてあげてくださいね。あの子、月乃さんの話ばっかりするんですよ。」


 私は黙って、側にあるコップの水を、一口飲みました。


「それじゃ、早く食べて戻りましょう。実はあの二人、まだ遊んだままなのですよ。」

「...うん。」


 そこで話は打ち切り、お互いに残ったものを全部食べました。


 胸に残るモヤモヤは、まだ消えませんでした。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※



「あれっ?奏ちゃん何処行ってたの?」

「お昼...食べに...。」

「なななっ!...はぅ、私も一緒したかったぁ...」


 拠点に戻ると、天海さんがレジャーシートの上で仰向けになっていました。

 私が隣で膝を抱えて座ると、彼女も起き上がって同じように座りました。


「ねぇ、奏ちゃん...。」

「...何?」

「...ううん。ちゃんとおやすみできた?」

「...。」



 ...休み?


 確かに今日はゆっくり出来たけれど...。


 ...まさか、この子...。




「...はぁ...。」

「...奏ちゃん?」

「...うん、ゆっくりできた。ありがとね、天海さん。」

「っ...、えへへ...どういたしましてっ!」


 彼女はもしかしたら、私が疲れてるのかと思い、私を外に誘ってくれたのかも知れません。



「...。天海さん。」

「ん?何?」

「私も...泳ぐ。」

「ほんとにっ!?」




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※



「いや~、まさか月乃さん、運動神経があそこまでひどいとは...。」

「私も、お、驚きました...。」



 帰りのバスにて、何故だか私は、前の席の二人に罵倒されていました。

 そりゃあ、水泳の授業すらまともに出たことのない私に、泳ぐなんて無理な話だったんです。


「...はぁ。」


 隣の席で、私は肩にもたれかかって眠る天海さんを見ました。そのほっぺたに触れようと、指を持っていきましたが――



「へぇ~。」

「おぉ~...」



 前の席の二人が当然その様子を見てにやけていたので、結局触らず終いでした。


 別に、変な事をしようとか、思ってません...。

 ――ただ少し彼女に、天海さんに、触れてみたくなっただけです。

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