天海凪咲の特別

番外編 特別な、日常

 私の毎日は、早起きする所から始まります。


 家族が起きるもっと前に目を覚まし、顔を洗います。

 寝癖を整えて、学生服に着替えます。

 あんまり時間が無いので、弁当は昨日の夜ご飯の残り物とか、冷凍食品なのが多いです。それを弁当箱いっぱいに詰めて、鞄にしまいます。

 一時間ちょっとで到着した後教室に行き、机に荷物を起きます。


 朝のホームルームが始まるまで、あと十分くらいになりました。そろそろ、あの子が来る時間です。

 小走りで一階へ降り、校舎入口で私は人を待ちます。


 ...。


 見えてきました。

 肩にかかるくらいの真っ黒な髪、すらっと細い身体、そして美人という言葉がとても似合う、整った顔。


 私の初めて出来たお友達、月乃つきの かなでちゃんです。


「奏ちゃんっ、おはよ~っ」

「おはよ、天海さん。」


 あの日以来奏ちゃんは、私が声を掛けると手を小さく振ってくれるようになりました。

 どうしましょう、顔のにやけが止まりません。

 奏ちゃんの左に身体を密着させ、奏ちゃんの教室まで行きます。


「歩き辛いんだけど...。」

「えへへへ~、奏ちゃんが話してくれる~♡」


 奏ちゃんは口で言いながら、私が寄り付くのを振り払おうとしないんです。


 はい、そんな奏ちゃんが今日も好きですっ



 ※※※※※※※※※※



 授業はあんまり頭に入りませんでした。

 授業の終わりを告げるチャイム、私はそれが楽しみで仕方なかったんです。


 まだかなぁ...。

 早く会いたいなぁ...。


 そんな事をずっと考えていると、やっとチャイムが鳴り出しました。

 鞄を持って、奏ちゃんの教室へ向かいます。


「奏ちゃ~んっ、一緒に弁当...を...」


 言いかけたところで、言葉が詰まってしまいました。

 奏ちゃんが、三人の生徒と話をしているみたいでした。

 奏ちゃんが私の声に気付いたようで、私の所に早足で向かってきました。彼女の後ろで三人の生徒が何か怒っていたけれど、無視しちゃっていいのかな...。


「奏ちゃん、どしたの?...わわっ」


 そして私は、奏ちゃんに手を引かれました。強く握られてちょっと痛かったけど、初めて手を引かれた事がもう嬉しくて嬉しくて...。


 向かった先は、屋上でした。

 残念ながら鍵が掛かっていて、外には出られません。

 奏ちゃんは階段の途中に座り、鞄の中を漁り始めました。

 出てきたのは黄色の可愛い弁当箱。どうやら今日は、此処でご飯を食べるみたいです。

 私も隣に座って、鞄の中から弁当箱を取り出しました。


「いただきますっ。」


 膝の上で弁当を開き、食べ始めました。


「ねえねえ、奏ちゃん?さっき何お話してたの?なんかあの子達怒ってたけど...。」

「...。」


 あ、黙られちゃいました。


 でも、奏ちゃんはどうやら無視をした訳ではなかったみたいです。


「私は、天海さんの、味方だから...。」


 ぼそりぼそりと小さな声は、それでもはっきりと私の耳に届きました。


「...。」

「...何...?」


 いけないいけない。今の一言が嬉しくてつい黙っちゃいました。


「ふふふっ。あ、奏ちゃん、そのタコさんウインナー可愛いねっ」

「失敗しちゃって...。おかげで足が四本のタコに...」

「ふぅ~ん、...一つもーらいっ」

「あっ...、ごめん、ちょっと焦がした奴だから、苦いかも...。」


 少し薄暗い階段で、二人だけの会話。 奏ちゃんは友達って思ってくれているのか分からないけど、今のやりとりとかは、ちょっと友達っぽく思えました。


「んっ、...苦い...。」

「だから言ったのに...。」

「食べてから言っても遅いの~っ...ふふふっ」


 特別な会話はしません。

 している事はただの、日常的なやりとり。

 だけど、私はこの一瞬一瞬が掛け替えなくて、奏ちゃんの一瞬一瞬が、とっても大好きですっ。

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