第6話 まずは話す事から
放課後私は真っ直ぐ家に帰らず、更に遠くにある病院へと向かっていました。
別に好きで行きたい訳ではありません。天海凪咲のクラスの女子に彼女の荷物を届けてと言われてしまっただけです。
病院に着き、受付に行こうとしたその時、後ろから声をかけらました。
その声には聞き覚えがあります。私の苦手な、高い声でした。
「あれ...奏ちゃん?」
そこには、治療を終えた天海凪咲がいました。
※※※※※※※※※※
「えへへ、奏ちゃんが来てくれたぁ~。嬉しいなぁ~っ。」
病院からの帰り道。陽はゆっくりと沈み始めていて、ほんのりと茜色の空が綺麗でした。隣ではいつものように、笑顔で私に話しかけてくる天海凪咲がいました。
いつもと変わらない帰り道でした。私にとっては無意味なものでしたが。
「ねえ奏ちゃん、ちょっと、寄り道しよ?」
公園前を通った時、ふと彼女がそんな事を言いました。私は直ぐに帰ろうとしましたが、半ば無理矢理公園に引っ張られてしまいました。
「...ねぇ、奏ちゃん?私の話、聞いてくれる?」
二人並んで小さなベンチに座ると、天海凪咲は私を、真剣な目で見てきました。勿論私からは何も言いませんが、彼女は静かに、言葉を続けました。
「私ね、小さい頃、いじめられてたんだ。」
そう言い始める天海凪咲は微笑んでいたけれど、どこか、寂しそうでした。
「なんて言うんだろ...、私ってこんな性格だから、ちょっと浮いちゃうところあってさ。いじめられてた、ってより、皆、私と関わろうとしなかったの。」
関わろうとしない。
私はその言葉が、妙に心に重く響きました。
「奏ちゃん、覚えてるかな?高校受験の時、奏ちゃんが私を助けてくれたこと...。」
それには、覚えがありました。
熱中症で倒れていた一人の少女を、日陰まで運んで介抱したあのこと...。
「私ね、あの時本当に嬉しかったの。奏ちゃんから見たら当然の事だと思うんだけど、私にとっては、特別、だったんだ。」
「...。」
「その時に思ったの。私、この子と一緒にいたいなぁって。多分奏ちゃんは迷惑かもしれないけど、奏ちゃんが嫌って言うまで、私続けるから。」
そう言うと彼女は立ち上がって、私の前に来ました。
「奏ちゃんっ。私の事、嫌いでも良いから、だから...」
深呼吸をして、言葉を続ける。
「私の、初めての友達に、なってくれませんか...?」
知らなかった。いや、知っていたのに、知らないフリをしていた
彼女はずっと、ただ私と友達になりたかっただけだった。なのに...
彼女の一言に、一瞬、心が動かされそうになってしまいました。つまりこれも、そういうことなのでしょうか。
「嫌だったら、嫌だって言ってほしいな。そしたら、頑張って奏ちゃんの事、諦めるから...。」
今目の前にいる少女は、目に涙を溜めていました。凄い、勇気を振り絞った事が分かります。
そんな本気の彼女に、私は何て答えれば良いんだろう...。
私は立ち上がって、公園の入口へ向かいました。
「...奏、ちゃん...。」
「...天海さん。」
私と友達になりたい子は、自分の過去を知った上で前を向いている。私も、変わらなきゃいけないのかな...。変わりたいな...。
「...昨日は、ごめんなさい...。それと、明日の弁当...待ってるから...。」
友達になって、とは言えませんでした。私が言うのは、まだ早いと思ったからです。
「っ...!...うんっ!!」
その時の彼女の笑顔は、今まで見たものの中で一番輝いていました。
私は公園を後にしました。
この後彼女がどうするのか、分かっているからです。
「あんっ、待ってよぉ~っ」
あとから走ってきた天海凪咲と一緒に、いつものように私に寄り掛かる、私の初めての友達と一緒に、家路に着きました。
「あ、ねえ奏ちゃん。これ、今度は貰ってくれる?」
「...ありがと。」
そう言って渡された一枚の栞。今度こそちゃんと貰う事が出来ました。
今日、分かったことがあります。
「ねえねえ、奏ちゃん。」
「...何?」
好きという言葉は、言われると嬉しかったり、嫌だったりするだけじゃなく―――
「...えへへ、大好きっ」
―――面と向かって言われると、ちょっぴり恥ずかしいということです。
まずは話す事から。一緒に話をして、お昼を一緒に食べて、一緒に帰る。そうやって少しずつ、仲良くなって行こうと思いました。
私の嫌いな好き。
今日私は、それをちょっとだけ、好きになりました。
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