第4話 花弁の栞

 その日の昼食も、やっぱりあの子は現れました。

 こんなにないがしろに、居ないもの扱いをしているのによくめげないなぁ、なんて、ちょっと驚いてます。


 彼女は昼食の時、普段よりも喋りませんでした。ただじっと、私の顔を見てきます。その後の放課後も、私の後に付いてくるだけで、交わしたのは簡単な挨拶くらいでした。



 ※※※※※※※※※※



 今日の帰り道は、珍しく一人ではありませんでした。何故なら、彼女が私の隣を歩いているからです。


 隣を歩く、私より頭一つ小さな女の子。はたからみたら仲良しに見えてしまうのではないか、なんて思うだけで、心がもやもやしました。


 ちらっと彼女を見てみると、やっぱりどこか不安そうな顔で俯いています。

 両手を下腹部の近くで握って、もぞもぞとしているさまは、トイレに行きたいのを我慢してるのかな?なんて思ってしまうものでした。


 そんな感じで帰宅中の彼女は一切言葉を紡がず、そうこうしている内に私の家が近付いて来ました。


 鞄から鍵を取り出し、ドアの鍵穴に差し込み鍵を回します。

 鍵の外れた重たいドアをゆっくりと開き、中に入ろうとした時。



「か、奏ちゃんっ!」



 後ろから突然、高い大きな声で呼び止められました。

 誰に呼ばれたかはわかってます。


 さっきまで一言も発しなかった彼女が、やっと口を開いたのです。


 彼女は不安そうな表情のまま私に近付いて、深呼吸をすると、笑顔を浮かべて言葉を続けました。


「これ、あげるっ。」


 そう言って恐る恐る伸ばしてきた両手には、一枚の薄黄色いしおりが乗せられていました。

 栞の中に桃色の小さな花びらが押花されている、多分手作りのものです。


「奏ちゃんって本よく読んでるから、どうかなーって...。」


 ...。



「奏ってさ、本好きでしょ?はいこれ、だから使って?」

「えっ...、くれるの?」

「うんっ、大好きな奏の為だからっ―――」



 ...。


「あっ...」


 気付いた時に私は、彼女の手をはたいていました。

 彼女が落ちた栞を拾うのを一瞥もせず、でも一言だけ残して、家に入りました。


「あんた、うざいよ。」


 ...。



「あ、あははっ...。」


 家に入る前に一瞬見えた彼女の顔は、消え入るような声で笑っていました。



 ※※※※※※※※※※



 自室のベッドに横になりながら、私はずっと、物思いに耽っていました。



 さっきの栞についていた花弁。

 あれは私が好きな花で、高校に入ってからは一度も人に教えた事はありません。

 なんであの子は、私の好きな花の事を知ってたんだろう...。



 それに、危ないところでした。


 あの時一瞬、栞を貰いそうになってしまいました。

 栞を渡されたこと、一瞬だなんて思ってしまいました。


 ぼーっとしてると、想像しなくても良い事も想像してしまいます。

 私の事を思いながら、なれない手つきで必死に栞に花弁をはさむ、あの子の姿を―――



「...ちょっと、言い過ぎたかな...。」


 明日会ったら謝ろうと思い、今日は早く寝ました。

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