神の差し出す手は貨に満ちる

 端的に言えば、私はコゼットを見つけることができたし、救い出すこともできたが、それにしても母を失った子供はかくも世にて脆いものなのかと思わざるを得なかった。私がある種の囚人に特有な撒き方、まあ詳述するには及ばないけれども、それを行いながらかつての正当な報酬を回収してモンフェルメイユにつくまでにはある程度の時間がかかった。ついた頃にはもう夜で、宿を見つけて明日から事にかかろうと考えていると、夜の森で小さな娘が水汲みをしているところを見つけた。服は乞食のぼろのようで、背は随分と低い。鞭打たれた後があり、凍傷があり、目はくぼんでいる。余りに哀れなので代わりに桶を持ってあげると、これが大人でも根を上げるような重さである。会話をしてみるとまだ8つで、母がおらず、宿屋で働かされているらしい。これはと思って名前を聞いてみるとコゼットと名乗った。余りにもひどい話ではないか。隣町では母が春を売ってまで子供に送金していたのに、この子供はそのお金を受け取るどころか、端女として働かされているというのだ。同じような年のテナルディエの実の娘、エポニーヌとアゼルマというらしいが、その子らは遊んでばかりらしい。正しく生きると決めてから制御してきた怒りが、沸々と湧き上がってくるのを感じた。明日までにコゼットを救い出せねば、怒りのままに行動してしまうかもしれない。強いて冷静さを保ちながら、コゼットに宿屋まで案内するよう頼む。明日にはテナルディエをやり込めて、コゼットを連れて行かねばならない。

 果たして宿屋についた。だがまだ飲んだくれている客がいる時に騒ぎを起こすのは賢明ではなかろう。そうは思っているが、だんだん自分が抑えられなくなってくるのを感じた。コゼットが銀貨をなくしたというので鞭うたれそうになり、働かないというので鞭うたれそうになり、働くのが遅いというので鞭うたれそうになり、テナルディエの実娘の人形を勝手に使ったというので鞭うたれそうになり、その全てから庇ってやる必要があった。それにしても、あの奥で遊んでいる娘たち、おそらくコゼットの言っていたエポニーヌとアゼルマであろう、きれいな栗毛につやついた肌、全くコゼットと扱いが違うことがよくわかる。コゼットに対してあんまりにも厳しいじゃないかと文句を言うと、テナルディエの奥さんのほうは親のない子を慈善で引き取っているのだから、働かせなけりゃ元が取れないという。親がないのかと問えば、もう6月も便りがないのだから死んだようなものだという。確かにファンティーヌは死んでいるのだが、しかしだからといってこれはあんまりではないか。テナルディエ夫妻とて裕福な貴族というわけではなし、何もないのによその子を育てるのは大変かもしれないが、しかしこれでは育てるというよりは体のいい奴隷ではないか。いよいよ頭にきた。今日中にコゼットを連れて行かねばならない。

 深夜になり、客が帰り、テナルディエの奥さんが寝、子供たちも寝、亭主と私だけになった。切り出す時間だ。できる限り凶悪な、かつての犯罪者然とした顔を思い出しながら言う。

「あなた方はコゼットを慈善で養っているとおっしゃる。随分気に入らないようだが、ならば私が引き取ってあげよう」

 よくいる性悪な人間の性として、奴は美辞麗句を並べ立て、できる限りの金をせびろうとした。詐欺師の持つ早口と乱暴な男を持つ頓珍漢な理屈だ。

「いや実際のところですね、妻はあの子に随分ときついことを言いますが、私はあの子が好きでね。そりゃあ金もかかりますし、よくないところもありますし、私どもに金はありませんし、実際のところ、あれの病気にはただ一度で四百フラン余りの薬代も払ったことがありますが、ちっこい神様のためならそれがなんでしょう。父親も母親もありませんので、私が手一つで育て上げました。まあ人情ってやつですな。私はばか者で、一向理屈はわかりません。がただかわいいんです。ごらんのとおり、私は自分たちの子のようにしています。失礼ではございますが旦那、通りがかりの人に自分の児をこうして渡してしまう者もありますまい。私の申すところも、もっともでございましょう。そこで、旦那はお金持ちで、お見受けしたところごくりっぱな方で、渡してしまえばそれがあの児のためになるというのはそれはもうそうでしょうが、それでも事情が分からないといかんせんどうにも。おわかりでもありましょうが、まあ仮に涙を呑んでおお幸せの青い小鳥よと言うにしても、どこへ行くかぐらいは知りたいではありませんか。見失いたかあありませんよ。どこにいるかぐらいは知っていて、時々は会いにも行きましょうし、あの子にとっても育て親と連絡が取れるのはまあ悪かないわけです。私は旦那の名前さえ存じませんし、あれを連れてゆかれますとしたら、ああ雲雀は飛び立って幸せにしているだろうかと、私はただ嘆息するほかはありませんからね。何かちょっとした書き物でも、まあ身分がわかるような、いわば通行券なりを拝見して置きたいと思いますが」

 彼が私の後ろ暗いところを観察し、通行券というところを責めてきたのはさすがに悪党一流の嗅覚と言わざるを得ない。しかしここは私も引けないところだ。

「パリから5キロと離れぬのに通行券を持ち歩く人間などいない。あなた方がコゼットにした仕打ちはこの数時間でよくわかった。私はコゼットを連れていくし、その義務もある。あなた方が嫌だと言ってもだ」

 悪党は計算した。

「では1500フラン頂こうか」

 私は1500フランを出してやった。しかしまったく、この身代わりの速さ、観察眼、流石に悪党であり妻とは役者が違う。妙に感心してしまった。数分すると、コゼットが荷物を、それも極めてみすぼらしい服ぐらいだが、ともかくそれを持って降りてきた。私はコゼットをこのあまりにもひどい宿屋から連れ出し、ついでにまだ開いていた人形屋で、一番高い人形を買ってやった。しかし一安心することはできないとかつての本能が警告していた。


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