コゼットの日常

 私に両親はいません。母親が、遠い昔に、この宿屋に私を捨てたということです。なので、テナルディエの奥さんや旦那さんの家にいます。なんでもその母親の名前はファンティーヌというそうです。私はずっと働いています。いつからか覚えていません。私の上に、エポニーヌとアゼルマという、こちらはテナルディエの奥さんの実の娘がいて、この二人はあんまり働いていません。でもまあ、そういうものだと思います。私は何でもやります。そして何も持ってません。寒さを防ぐぼろだけは何とかいただきました。なんでももう少し大きくなったら、「部屋でお客を取らせる」そうです。テナルディエの奥さんがそう言っていました。でも、エポニーヌさんやアゼルマさんでも一人部屋じゃないから、たぶん私に部屋がもらえるということじゃないんだと思います。でもよくわかりません。

 私が八歳の時のクリスマスのことです。多くの屋台がこの小さい町にも来ましたが、私に縁のあろうはずもありません。下働きをしていると、もう日も暮れてしまった後に、水が切れてしまいました。この町には水汲み爺さんがいますが、テナルディエの奥さんのほうでは、その爺さんに渡すはした金ももったいないということで、水が切れると私が汲みに行くのです。しかしあの泉を取り囲む森の、夜の恐ろしさと来たら!しかしテナルディエの奥さんには逆らえないのです。あの怒鳴り声を聞くと、身体がびくうっと縮こまり、心がきゅうとするのがわかります。

「はい、わかりました」

 この寒いのに、ぼろだけを着て、はだしで出ていく。しかしその心も少しは慰められるのです。というのは、とてもきれいなお人形を売っているお店が来ていて、その幸せそうなお人形を見ると、私まで幸せなように思えるのです。お人形のほうがお姫様で、私のほうはみすぼらしい侍女なのですけれど。けれどもとにかく、早く戻らなければ怒られてしまいます。思い切って森に向かいました。しかしやはり森の恐ろしいこと!けれども水を汲まねば、テナルディエの奥さんに殴られるのは間違いないでしょう。後ろにテナルディエの奥さん、前に夜の森、です。ともかくも、森に進みました。テナルディエの奥さんは必ず私を叩きますが、森は私を痛めつけるとは限らないからです。そうして泉につくと、置いてある柄杓を手探りして、それで水を汲んでしまいました。いっぱい水を汲んで、桶を持ち上げようとすると、鉄の柄が濡れてとても冷たいのです。いよいよ森はざわざわと唸り、正体のわからない鳥の声はして、桶は重く、テナルディエの上さんがいつも目の前にいるように思われ、もうどうしていいかわかりません。

「ああ、神様!」

 すると私の持つ柄が、ふと軽くなりました。見ると、横から誰かの手が一緒に柄を持ち上げてくれています。節々が固い、正直者の手でした。そうして横を見ると、おじいさんがそこにいたのです。

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