粗暴だった元囚人ジャン・ヴァルジャンがまくし立てるには

 あの日、俺は十二里歩いてたんだ。もう夜になりかかってたし、腹だって空いてた。んで、ようやくついたディーニュの町で、飯と宿にありつこうとしたんだ。まあ小さい町だから、すぐに見つけられたわな。んで、宿屋の主人に飯と宿をくれっつったんだ。

 まあ、なんせ十二里歩き通し、髪はぼさぼさ、髭もぼさぼさ、要するに金のありそうには見えなかったから主人はごねたが、金ならあるといって見せてやったら、すぐに用意してくれるって言ったんだぜ?一度はな。

 それが奴さん、俺が元囚人と知ったら手のひら返しやがって、ここには飯も宿もないときた。さっきあると言ったじゃねえか!しかも目の前の暖炉の周りにうまそうな飯を並べてるにもかかわらずよ。

 俺が元囚人と知られた理由?そらお前、こいつよ。黄色い通行券。町に入るにゃあ通行券を見せなきゃならんのだが、黄色いってのは、前科持ちってことよ。しかも俺のにはご丁寧にこう書いてあるときた。

『ジャン・ヴァルジャン、放免囚徒、徒刑場に十九カ年間いたる者なり。家宅破壊窃盗のため五カ年。四回脱獄を企てたるため十四カ年。至って危険なる人物なり』ってな。

 そりゃあ泊めたいやつはいないだろう。しょうがないから次の宿を見つけた。そこでも断られた。市も立たなきゃ祭りでもない、そんな日にどこの宿でも人がいっぱい、パリじゃないんだからそんなもん通るかってんだ。なあ?畜生。そうしてうろうろしていると、幸せそうな家を見つけた。父、母、小さい子供、笑い声。んで、その幸せを少し分けてくださいませんか、スープをくださいな、軒下でいいから寝かせてくださいな、そういうお願いをしてはみたけれど、銃で脅されて追い払われると来た。いよいよ夜が更けてくる。寒い、腹が減る、そんな時に空いてる小屋を見つけた。おおこれは運がいいと思ったら、おい、犬小屋だったんだぜ。犬ですら屋根があるというのに、俺は噛み傷一つ増やして空の下ってか。ひどい話じゃあないか。そんな時にたまたま出会った金持ちのババアが俺に言うわけだ。あの家を訪ねてみろってな。見ると二階建ての立派な家じゃあないか。まあ行く当てもないから行ってみたわけよ。

 そこで俺がどんなにか驚いたか、あんたにゃあわからんだろうな。

 そこにはババアが二人にジジイが一人いた。ちょうど食事時って感じだったな。それで、俺は追い出される前に、とにかく言うだけのことは言ってみようと思った。何も言わずに追い出されるより万倍マシだ。

「俺はジャン・ヴァルジャン、元囚人で、四日前に放免された。ポンタルリエに行きゃあ仕事があると思って、もうかれこれ四日間歩き通しだ。今日は十二里歩いて腹は空いたし外は寒い。宿に行ってみても、どこも泊めてくれはしない。俺のこの黄色い通行券が邪魔しやがるんだ。元囚人なんて誰も泊めてくれない。だれもいない小屋を見つけたと思ったら犬小屋だった。星は雲に隠れ雨が降りそうだ。そんな時通りすがりにここに行ってみろと言われた。おい、ここは宿屋なのか。頼む、泊めてくれ。金ならある。十九年間刑務所の中で働いてためた100フランきっかりだ(翻案者注:20万円ほど)とにかく頼む、この通りだ」

 今考えてみても、これを一呼吸で言えたのは、人間が生きるための必死の努力としか言えない。俺は頭を下げて、誰がなんて言うか待ち構えてたんだ。そしたらジジイがこう言うわけよ。

「さああなた、おすわりなさい、そして火に当たりなさい。すぐに食事にします。そして食事をしている間に寝床の用意もできるでしょう。マグロアールや、寝床の準備をしなさい」ってな。

 なあ、俺は隅っこにいさせてもらえるだけでよかったのに、座って、火にあたって、食事だぜ?んで寝床と来た。俺はジジイが神様に見えたね。マジで。

 人間ってのは、ありえないことに直面すると、呆然とするんだな。初めて知ったぜ。俺はぶつぶつ呟き始めた。なあ、本当に、それぐらい驚きだったんだ。

「ではあなたは俺を追い出さない!しかも俺のことをあなたと!そして食事に、寝床!俺はもう十九年も、寝床で寝たことなどないのです!ああ!名前は何と言うんです、俺は金を払うだろう、いくらでも払う、払わずにはいられない、元より十九年分持っているのだ。ああありがたい!」

「私は名乗るほどのものではありません。ただの牧師です。お代などいりません」

 なるほど牧師。それでは慈悲に溢れているはずだ。しかもお金がいらないと。

「それにしてもあなた、いくら持っていらっしゃると?」

「100フランきっかり」

「そしてそれを得るのにいくらかかりました?」

「十九年」

「十九年!」

 牧師様はため息をついた。確かに十九年のあの重労働で、100フランきっかりはあんまりだ。ああ、十九年なんです牧師様、実のところを言うと、国が盗まなければ、もっと多かったのですが。

 そんな話をしているうちに、新しい食器、つまり俺の分の食器が運ばれてきた。それは暖炉に一番近い席に置かれたんだ。

「アルプスの夜風は寒いからね」と牧師様はおっしゃった。本当に凍えていたから、これはありがたかった。

 そうして食事になった。牧師様と身の上話をしたんだ。牧師様は俺の身の上話を、囚人であったことを聞いてなお、俺のことを「私の兄弟」と呼んでくれたんだ。ここは神の家だから、ここにあるものは俺のものだとも。そしてまた、俺の行こうとしている、ポンタルリエの仕事についてもいろいろ教えてくれた。なんでもいろんな仕事場があって、体さえ頑丈なら選び放題らしい。体の頑丈さには自信があるから、これには少し勇気づけられた。

 とにかく、牧師様は俺を傷つけるようなことを一言も言わなかった。俺に小言や説教をしなかった偉い人は、あの人が初めてだったんだ。そうして食事が終わると、俺は立派な寝床に連れていかれた。なんせ疲れ切っていたから、すぐに眠りについたんだ。

 そして、夢を見た。

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