第70話 卒業

 「ジェイムズ兄様。その恰好も、お似合いですね――」


 この日のサクソン大学は、普段とは違った有り様を示していた。何故ならば、実に千を超える数の学生たちが、新たなに道を進む事となる、節目の日であるから。


 「――卒業、おめでとうございます」


 「ありがとう、シエラ」


 そう、今日のサクソン大学は卒業式。

 ジェイムズもまた、学士帽子モルタルボードを被ったアカデミックドレスに身を包み、親しき人々からの祝福を受けていた。




 「今日は実家には戻らないのですよね?」


 「そうだね……山岳クラブの方で、お祝いをやってくれるみたいだから」


 アレンを始めとする他の家族は、都合が付かなかった様で。シエラ一人で、見に来たという。

 どうしても、この格好の僕を見たかったからとか。そんな理由みたいだけれど。


 「それで。そっちは、どう?」


 シエラと話すのは、この間、実家に帰ったとき依頼だ。手紙くらいは交わしたけれど、シエラが向こうの家に行くようになってからの話は、聞いていない。


 「ふふ、惚気ならいっぱい有ります!――でも、そうですね。気になることも、少しだけ」


 「気になること……」


 シエラが、神妙な顔つきに為って。


 「使用人の子が居たんです。可愛い子。異人ドワーフの子」


 成る程、ドワーフ。使用人には多いだろう。この辺りならそれ程でも無いけれど、サクソンを出れば其ればかり、とも言う。


 「その子、辞めさせられちゃったみたいで。私の婚約者の、弟様が原因みたいなのですけれど……」


 気持ちのいい話では無さそうだ。其処には、これ以上追求しない。


 「その子。今はどうしてるの?」


 「其れです! 辞めても少しは、寮に住んでたんですが、今はもう、出ちゃってるみたいで……」


 使用人長は、偶に連絡を取っているみたいなんですが、私はそれ程親しくは無かったから――

 シエラは、そんな事を言って。


 (きっと、仲良くなりたかったんだろうな)


 僕は、心中でそう、独り言ちて。


 「今は、日雇いでどうにかって、使用人長が言ってました。でも、そんなんで、ちゃんとやっていけるものなのでしょうか……」


 シエラに、そう尋ねられたけれど。


 (まあ、厳しいと思う)


 きっと、死にはしない。働けている内は、食うことは出来る。

 でも、其れだけだ。働いて、食べて、其れだけ。いつかは、すり減って――


 「きっと大丈夫じゃないかな。雇い手は、いると思うし」


 「そうだと良いんですが……」


 優しいことを言って、お茶を濁して。此れで良いのかは理解らないけれど。余り、シエラを心配させたくは無かった。

 でも、他に一つ、気になることが――


 「そうだ。その子の名前、なんて言うの?」


 そう、名前。さっきから、どうにもチラつく、あの子の顔。

 シエラの嫁ぎ先は、クラタだった。まさかとは思うけれど。


 「名前ですか。ええと――」


 シエラは、思い出す様な素振りをして。




 「――名前は、アデノアちゃんなんですけど。みんな、フォクシィと呼んでました」


 ああ。当たり、だ。

 僕は、どうにも言えない感情に擽られながら。一つ、やることを決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る