第63話 取り付き
ベン・パイク山。
「しかしまあ、使う道具も増えたもんだ」
ザックの中身を確認して、カーナーシスの口から、漏れる。
「
ナイロン製のザイルが出来てからは特に、そうチェスターが返した。
慣れた手付きで、装備を収納していく。
「ソレで、俺がラストで荷揚げ。カーナーシス氏がセカンド。チェスターくんがトップで良いんだな?」
ピーターがチェスターに尋ねる。
トップは、文字通りの一番手。岩壁にルートを切り開いて、支点を作っていく。セカンドは、トップのビレイを取って、ラストが其れに続く。
「取り敢えずは。でも、トップは代わっても構わないですよ?」
一番楽しいですし、とチェスターが言うけれど。
かたやアルパイン未経験の素人中年。かたや何十年ぶりの老人。少しは教わって来たとはいえ、自信なんて無い。二人共遠慮するから、結局は言ったとおりのオーダーになる。
「持っていく荷物はこんなモノか。後は
「そうしてください」
一通り、装備もセットして。ザックも背負って。
「取り付きまでは、一時間半ほどでしょう。其れじゃあ、五時丁度。登頂開始――!」
威勢良く、チェスターが声を掛けて。三人は、登り始めた。
「――っふう。此処までは、普通の、登山ですねっ」
「そうだが。もう、結構。辛いものだなっ」
疲れてはいるが、未だ余裕のあるピーターに対して。カーナーシスは息も絶え絶えと言った様子で。
これが、普段からの運動量、そして年齢の差であるか。
「クライミングになってしまえば、疲れづらくなる人もいますから。頑張りましょう!」
かたやチェスターの方は、余裕綽々で。二人の荷物を余分に持っているというのに。
「流石は。若手じゃ、一番と、噂される、アルパインクライマーだ……」
弱々しく、カーナーシスが褒めながら。急峻なガレ場を歩き進める。
太腿に、乳酸が溜まって。張りと疲労感を訴えている。肺腑も苦しい。けれども、其処に楽しさも見いだせてしまうのだから、自分もまだ山男なのだと、カーナーシスは感じた。
そして――
「見えました! あれがルートの取り付きです!」
「「おおっ」」
チェスターが指差す先。沢滝を右岸から、大きめの
「久々に見ると、心が、踊るなっ!」
カーナーシスが、思わず声を上げた。
まるで青春時代に戻るような。そんな歓びが、顔に現れる。
「俺もですよ! 普段も横目に見ちゃあいますが、いざ登るとなると……何とまあ、カッコイイものです」
ピーターも感嘆の声を上げる。二人揃って満足気だけれど、本番は、あくまでこれからである。
そんな中で――
「このルートは落石も少ないし、きちんと登り方を分かっていれば死にはしない筈なんですよ――」
――ふと、チェスターが、そんなことを言った。
「其れでも、多くは無いけど、毎年人が死んでる」
珍しく、真面目な声色で。
だから、後ろに続く二人も、思わず聞き入って。
「――もしクライミング誌が出来たなら、技術や道具の使い方とか。セルフレスキューなんかも良いですね。そういう、事故を減らすための記事なんかも組んでもらえたら嬉しいです」
単に、
「――クライミング誌。出来ると良いですね」
若いクライマーは、願いを伝えた。
改めて、三人はギアを装備し直した。シューズも、フラットソールのクライミングシューズに変えた。
チェスターは、改めて自分のギアラックと、二人の様相を確認して。
「――問題無いですから、行きましょう」
そう言って、壁に取り付く。
ビレイをするカーナーシスは、ザイルを持つ手に力が入り。
ピーターは、お手並み拝見とばかりに、チェスターを望む。
「ふっ――」
チェスターが、チムニーの中で足を上げた。
――クライム、オン。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます