第62話 己が目で

 カーナーシスの誘いに、ピーターの返答は決して否定的なものでは無かった。ただ一つ、大きな条件を課されて。其れを先ずは解決しなければ行けなくなった。


 「俺は、高度なクライミングというものを。一度もしたことが有りません」


 ピーターは、そう語った。だから、自分で先ずは経験して、其れから考えたいと。

 カーナーシスは訪ねた。フリーとアルパイン、どちらをやるのかと。


 「両方やりたいですが。取り敢えず、アルパインの方ですかね。読者の多くも、ソチラが入り口でしょうから」


 アルパイン。山の頂を落とすためのクライミング。手段としてのクライミング。

 かつてのカーナーシスが、慣れ親しんだもの。


 「――だから、行きましょうや。カーナーシス氏」


 思いもよらぬ、ピーターの言葉。冗談の類では無さそうで。


 「もし、クライミング誌を作る事になったら。貴方にも協力してもらうんです。だから、貴方も今のクライミング・・・・・・・・ってヤツを知らなきゃあいけない」


 正論かどうかは理解らないけれど。まっすぐな言葉であった。だから、カーナーシスも。出来るか理解らないのに、二つ返事で了解してしまった。




 「――分かりました。大丈夫ですよ」


 此方も、軽く了承する。そう言ったのは、チェスター。狼と呼ばれた、サクソン大学山岳クラブの長。ジェイムズの友人。

 老人と中年の二人で危険な山に行くわけにはいかないから。ピーターのいる出版社に態々わざわざ呼び出して、ガイドを頼んだところであった。


 「しかし、クライミング誌なんて。本当に出来たらこっちとしては万々歳ですよ」


 「ほら、ピーター。此処にも読者になるヤツがいるぞ――」


 カーナーシスがピーターの方を向いて。心配ごとなんか無い、なんて風な顔をするけれど。


 「そりゃあ、サクソンの山岳クラブにいりゃあそうでしょうよ」


 別に何の解決にもならないと、ピーターが返して。

 チェスターが笑いながら、話を進めていく。


 「じゃあ、山についてなんですが。あんまり高いところとか、雪が残っている所には連れていけません――」


 御尤もであるから、カーナーシスとピーターは黙って話を聞く。二人共其れなり以上の知識は有るが、チェスターには及びはしないから。


 「――だから、ベン・パイク山の北沢沿いなんてどうでしょうか」


 ベン・パイク山。現在の測量法で、標高1800程と目される山。首都サクソンから、一日でたどり着けるような場所に有る山だから、ピーターとカーナーシスも知った名である。


 「登山道沿いには、行ったことは有るな」


 ピーターがそう言った。

 カーナーシスの方も、遠い昔に行った記憶は有る。


 「取り敢えず、同じ山だとは思わないでくださいよ――」


 チェスターが真面目な顔をしながら、脅すように。


 「――必ず上には連れて行きますが、毎年、死人が出てるルートですから……」


 ピーターも、カーナーシスも。眉一つ動かさなかった。

 自然を甘く見たら死ぬ。其れが登山と言うスポーツの、摂理であるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る