第55話 はずれ

 右手で掴んだ、一手目のホールド。溝に親指が巻き込める、持ち易いカチ。左足と入れ替えた右足を、更に先のスタンスへ送る。


 (思ったより良い……)


 そんな事を思いつつ。左手を交差クロスで出す。右手の、すぐ隣。此方は、唯のカチ。しまった、とフォクシィは思った。右手で先を持って、良い方に左手を寄せれば良かったと――

 今更後悔しても仕方なくて。滑らない様、左の指をしっかりと握り込んで。右膝を内側に入れる。


 (滑らないで――)


 左腕をしっかりと引き付けて、ダイアゴナルで――止まった。右手のサイドホールドは、ガバだ。


 (行ける)


 また、足を入れ替える。右足を送る。今度は、少し高いけれど。下足に対して・・・・・・高いわけじゃないから、寧ろフォクシィの好物だ。しっかりと体重を掛けて、左手を右手のホールドへマッチする。此処までは順調。想定通りの動きで、良く登れている。

 但し。


 (あれが、怖い)


 フォクシィが横目で見た先。此方に向いた、捲れのないホールド。アレの処理が、どうにも難しそうで!


 (動きムーブは決まってる。ダイアゴナルで、親指を下ガストンで出して。観音開きで固める)


 観音開き。両手をガストンで保持すること。両手を外向きに保持するから、相反する力オポジションが取れる。そうやって、固めて。流れる体を、無理矢理にでも止めきるのだ!


 (よし……!)


 腹は決まった。右膝を返す。体が流れ出した!

 左腕を、上体に引き付けて。右手を逆手に出す――


 「止まれ……!」


 自然に。フォクシィの口から声が出て。それに呼応するように力が入る!

 右手がホールドに届いた。指が掛かる。其処へ、フォクシィの質量を押し付けようと。肘が、肩が。然るべき方向へと回転して!


 「止まれ――!!」


 そして――




 ――結果は落下。だけれど、どうにも締まらない要因で。

 左手のガバが、バッキリと。フォクシィの込めた力に耐えきれずに、外れていた。


 (ちょっと、調子に乗り過ぎてたのかな……)


 フォクシィは、そんな事を思いつつ。今更、体勢なんて変えられない。


 (低いルートで良かった)


 バンッ、と。受け身だけは何とか取って。フォクシィは背中から落ちた。




 (ジェイムズさんが登ってなかったのって、此れが理由だったのか……)


 幸い怪我は無くて。落ちた後、もう一度、ルートを見直したら。

 成る程、手で引っ張るだけで掛けるホールドが他にも。其れを、片っ端から取ってみたら、フォクシィが最初思っていたよりも、随分難しいルートになってしまった。

 でも――


 (やりがいが有る!)


 どうにも、今日のフォクシィはポジティブで。何処かのクライミング馬鹿の病気が移ってしまったのだろうか。

 ――何にせよ。


 絶対登りきってみせると。鼻息荒く挑んだ、その後の今日のトライは。より悪くなった観音開きを、全く止められないまま。制限時間一杯となった。

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