第53話 好きなもの

 案内が終わって、シエラの部屋……になる予定の、空き部屋で。シエラとフォクシィ、二人会話をしながら、荷解きと模様替え。好きなように整えていいと、言われたらしく、シエラは張り切って。

 共に指名されたフォクシィも、困惑しつつも其れに付き合って。夕日が照らしこむ、角の部屋は、似合わぬ陽気さで満たされていた。




 シエラ様は不思議な方。敷地の案内も、熱心に受けて。特に革工場には興味津々。彼是あれこれ、質問をされるけれど、私にはさっぱり理解らず、全部、使用人長が答えて。そんな有様だけど、何故か私は気に入られてしまって。


 「んー、フォクシィ。クロゼットは、此方の方が良いでしょうか?」


 また、聞かれる。そんな事を聞かれても、どっちでも良いとしか、答えられない。

 模様替えなんて、したことは無い。其れが出来る程、部屋にものは無いし。木にするような美的感覚も無い。


 「あちらのほうが、良いかもしれません……」


 だから、精一杯考えて。使いやすそうな場所を答える。機能美という言葉もある。ともすれば、これも間違いではないだろう。


 「あ、成る程! じゃあそうしましょう!」


 即断でシエラ様は答えて。

 正解だったみたいだ。そもそも正解とはなんだろうか。よく理解らなくて、ぐるぐる考えが巡ってしまう。


 「フォクシィ。こういうのは、そんなに深く考えなくても大丈夫ですから――」


 気づかれたみたいで、シエラ様にたしなめられて。


 「――でも、考えるっていうのは、大切ですものね。程々に、深すぎないくらいに、考えましょうか!」


 結局、何かに思い当たった様子で。そんな難しい事を言われるから。また、考え込みそうになって。

 そんな私の様子を。シエラ様が、くすくすと笑いながら見て。笑われてる此方も、その可愛らしい笑顔で見られれば、嫌では無くて。

 うん、どちらかと言うと――楽しいかもしれない。




 「そう言えば。フォクシィは、何か好きなものは有りますか?」


 そんなこんなで、作業を続けているて。

 通り一遍の、他愛もない会話の一つで。そんな事を聞かれる。


 「好きなもの、ですか?」


 気付いたら、私も自然に返事が出来るようになっていた。

 何か、そういう不思議な雰囲気が、シエラ様にはある気がする。ちょっと、ジェイムズさんにも似ているかもと。少しだけ思いつつ。


 「はい、好きなもの。私は、料理が好きです。後は、絵――デザインとかが好き」


 柔らかい笑顔で、言われる。ああ、本当に、可愛らしい人。そんな風に言うのだから、本当に好きなのだろう。

 私には、あるだろうか。そんな疑問の答えも、すぐに思い当たる。一度は辞めようと思ったけれど、結局、そんなことは出来なかった。私の生活の一部。

 

 「有ります、とっても大事なもの。でも、内緒にしてもいいですか……?」


 隠し事は好きでは無いけれど。毎朝、勝手に出歩いて山に立ち入っていることを、余り広めたくは無くて。

 シエラ様も、微笑んだまま。勿論、と返してくれて。


 「でも、気にはなります。いつか、言えるときが来たら、教えてくださいね!」


 そう、締めた。




 日が暮れきったら、シエラも帰らなきゃと言った。

 作業も未だ終わってはいなかったけれど、仕方ない。次に会えるのは、結構先だろう。優しくて、可愛らしくて。少しお転婆なお姫様に会えるのが、フォクシィは楽しみであった。


 「私の、好きなもの」


 自室の、簡素なベッドの上で。フォクシィは独り言つ。

 

 「お婆様のくれた水筒。ジェイムズさんのくれた靴。綺麗な岩のラインに――」


 一息、付いて。


 「――何より、登ること」


 もう一つだけ、フォクシィの脳裏に浮かんだ顔があった。でも、其れを口に出すのは気恥ずかしいから。思い浮かべるだけで。


 「うん。明日も頑張ろう――」


 ハートブレイカーは出来たけれど。フォクシィはもう、次にやる課題を決めていた。

 この一月、もしかしたらと思い続けたルートで。ジェイムズも、未だ登っていないもの。


 「――今度こそ、私が初登するんだ!」


 覚悟を決めて。フォクシィが、ぱしっ、と頬叩く。

 通い慣れた岩の一つ。二つの課題を横に通り過ぎる、トラバースライン。


 ――其れを登る自分を思い浮かべて。フォクシィはただ、高揚していた。

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